悪役令嬢の義兄に転生したので、とりあえず義妹を溺愛します。

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第1話 プロローグ

俺の名前は西谷にしのや 浩太こうた、28才。

食品会社に勤めている、ごく普通のサラリーマンだ。


完全週休2日で職場の人間関係も良好。

年収は400万前後、決して高いとは言えないが残業も月30時間以内で福利厚生も良いことを考えれば特に不満は無い。


ピーッ ピーッ


ああ、もう終業の時間か。

時計を見ると短針は5の数字を指していた。


「よしっ、もう帰るか」


資料を整理して、パソコンをスリープモードにする。


「お疲れさまでーす」


「おう、お疲れ!」


残業もなく、会社を出る。

さて、家に帰るか――





「ただいま~。って誰もいないんだけど」


近所のスーパーで特売弁当を購入し、1人暮らしのマンションに帰宅した俺はどっかりとソファに座り込む。


「ビールでも飲むか」


俺は冷蔵庫からビールを取り出し、フタを開ける。


プシュッ!


グビッ グビッ


「ぷはぁ、しみるぅ~~!!」


仕事終わりに家で飲むビールはなぜこんなにおいしいのだろうか?

もはや犯罪的……!


「さてさて、何しよっかなー。あ、そうだ。今日は『シン月』やるか」


俺はデスクトップのPCを立ち上げ、とあるソフトを起動する。


俺はゲームオタクだ。シューティング・パズル・FPSと手広く楽しんでいるが、ギャルゲーや乙女ゲーもプレイしたりする。

そんな俺のオタク人生の中で最も好きなゲーム、それが今起動している乙女ゲーム――『シンデレラは月夜に微笑む』、通称『シン月』だ。


練り込まれたストーリー、中世ヨーロッパを思わせるファンタジアな世界観、そして何より美麗なイラストで描かれたキャラクターが多くの人を魅了し、女性向けゲームであるにもかかわらず男性からも一定の支持を得ている。


プレイヤーは下級貴族の1人娘に転生し、貴族の通う学校でイケメンたちとイチャラブして攻略を目指すという内容なのだが……


「クレアたんが神なんだよなぁ」


クレア・ラッシュフィール――攻略対象の1人であるルル・ラッシュフィールの義妹だ。

金髪縦ロールという、いかにも悪役令嬢といった格好で主人公を妨害してくるライバルキャラ。


ルルを攻略対象にすると頻繁に出てきては主人公を貶めてこようとする彼女は、ただ義兄を取られたくない、義兄に自分を認めて欲しいという一心で主人公を邪魔していたということがストーリー中盤で発覚する。


しかし、あるとき主人公に嫌がらせをしている現場を兄に見られてしまう。

激怒した兄はクレアを退学させ、『豚』と呼ばれている40過ぎのサイコパス独身貴族に嫁がせしまうのだ。


男性から支持を集めていたクレアのあまりのバッドエンドっぷりに、巷ではクレアのハッピーエンドを描いた2次創作が大流行したほどだ。一連の騒動は『クレア事件』と呼ばれている。


かくいう俺も、1周目でプレイしていた時は発狂した。

うるさすぎて隣の住人から苦情が来るくらいには発狂した。


この満ち足りた生活で、唯一求めることがあるならそれは何か?と聞かれたら俺は迷わずに即答するだろう。


――――『クレア・ラッシュフィールを救いたい』、と。


その瞬間、パソコンの画面が真っ白になる。


「な、なんだ?!」


まるで、閃光弾を投げつけられたかのようなまぶしさに、何も見えなくなる。

そして、その直後――俺は意識を失った。







「……さま……」


うん?なんだ、声が聞こえる。

どこかで聞いたことがあるような懐かしい声。


パッと目を開けると、目の前にドアップの金髪幼女がいた。

フワフワのフリルのついたワンピースを身にまとっている。


「うわっ!」


「お兄様、大丈夫ですか!?」


「あ、ああ」


こちらを心配そうに覗き込んでくる女の子。

髪型もストレートだし見た目も幼いけど、いや、まさか……


「クレ……ア?」


「はい、クレアです。頭のお怪我は大丈夫ですか?お兄様」


「あの、お兄様って?」


俺がそう口にすると、クレアは驚いたような表情になる。


「やっぱり先ほど頭をぶつけたせいで記憶が混乱しているのでしょうか……。私はクレア・ラッシュフィール。お兄様の義妹です。そしてお兄様はルル・ラッシュフィール、ラッシュフィール家の跡継ぎですわ」


「俺がルル……」


まだ頭がグラグラとして記憶がおぼつかないが、目の前の日本人離れした金髪美少女と見覚えのあるバカでかい屋敷。

ここから察するに、どうやら俺――西谷浩太は『シンデレラは月夜に微笑む』の世界に「ルル・ラッシュフィール」として転生したらしい。


「ごめんなさい、お兄様。クレアがお兄様と遊びたいなんてワガママを言わなければ……」


クレアが泣きそうな顔をする。

ああ、ダメだ。俺はこの子を泣かせたくない。


「大丈夫だよクレア。君のせいじゃないからさ」


ナデナデ


「お、おにいさま!?」


「あ、ごめん。つい手が……ひょっとして嫌だった?」


「そ、そんなことないですわ。むしろ、その……クレアは嬉しいです。このようなこと、普段はめったにしてもらえないので」


頬を赤く染める金髪天使。可愛い。


ここで、ふと合点がいく。

そうか、おそらくルルは異母兄妹のクレアのことをあまり良く思っていなかったから、小さい頃から冷たく接していたのだろう。


確かルルの父であり現当主、シルベルト・ラッシュフィールが屋敷に仕えていたメイドに手を出して子供が生まれたのがクレアだったはず。


そうなると、正妻である俺の母親――エレナ・ラッシュフィールは面白くない。

だからルルに、クレアが嫌いになるように仕向けていた、と。


俺がなぜルルに転生したのかは分からない。

でも、今この瞬間、俺は1つだけ心に誓った。


「クレア、俺は誓うよ」


「何をですの?お兄様」


「クレア、俺は決して君を……君を金髪縦ロールにはさせない!!」


こんな可愛い天使を縦ロール悪役令嬢になぞさせてなるものか!!!!

俺はこの子を絶対幸せにしてやるんだ……!


「たてろーる?お兄様、やっぱり頭がおかしくなってしまったのですのね」


「あ、うん。そうなりますよね……」


こうして、俺、西谷浩太の第二の人生が幕を開けたのだった――

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