第29話
クッキー作りを始めて二時間。
私達は深刻な問題に直面していた。
「これは凄いわね」
小さく呟いたユリアーナの言葉に頷いた。
目の前には真っ黒に染まった塊が数十枚。全部アレクシアが作り上げたものだった。
「シア様って料理下手ですか?」
「同じように作って一人だけ焦がすってある意味で才能よね」
「放っておいて!」
深刻な問題。それはアレクシアが極度のお菓子作りが下手だという事だ。作る前は頼れるオーラを纏っていたのに今は暗い雰囲気を纏っている。
それにしてもユリアーナが言っていたが一緒に作ったのに一人だけ焦がすとは凄い才能だ。
こういうのは創作物だけの出来事だと思っていましたけど、まさか現実で見る事になるとは。
「昔から料理は苦手なのよ」
昔とはおそらく前世の頃を言っているのだろう。それならそうと言ってくれたら良かったのに。
「リーゼはともかくユリアがお菓子作りが得意って聞いていないわよ」
「私を何だと思っているのよ」
苦笑いを浮かべるユリアーナ。
申し訳ないですけど私も出来ないと思っていました。大雑把なところがありますからね、仕方ないです。
黙っていると「リーゼも同じ事を思ったでしょ」と言われてしまう。すぐにバレてしまうとは伊達に幼馴染をやっていない。
「と、とりあえず、もう一回作りましょう」
「そうね。次は成功させるわ」
私の言葉にアレクシアは小さくガッツポーズをした。頑張ろうとする彼女が可愛くて微笑ましく思っているとユリアーナから「逃げたわね」と言われてしまうので聞かないふりをする。
「ユリア、前世の頃からお菓子作りしていたの?」
「お菓子作りは趣味の一つだったからね」
ユリアーナとは長い付き合いになってきたけどお菓子作りが趣味だった事は初めて聞いた。意外だと思ってしまったのは心の内に秘めておく事にする。
アレクシアから「リーゼは?」と聞かれた。
「お、幼馴染が甘い物好きで練習したのよ…」
前世の頃、幼馴染と付き合っていた頃によく作ってあげていたのだ。
事情を知っているユリアーナは「ああ…」と納得したような視線を向けてくる。どうやら相手が誰か分かってしまったらしい。
「幼馴染ね。彼氏じゃないの?」
生地を星形にくり抜きながら言うアレクシア。しれっと言われた言葉が胸に突き刺さった。
顔を上げた彼女に「図星なのね」と言われてしまう。
「バレバレよ」
「ここには私達三人しか居ないんだから。誰にも言わないわよ…」
三人で作りたいからとフィーネとアレクシアの執事には席を外して貰っている。
別に隠すような事じゃないですけど恥ずかしいじゃないですか。
「元彼がいるってベルンハルトにバレたら厄介そうね」
いつかは話さないといけないと思っているが言う機会がないし、話す勇気もない。
言ったところで変えられるわけじゃないし、彼を傷つけてしまうのが怖いのだ。
そんな身勝手な理由で隠している。
「そういえばユリアは好きな人居ないの?」
私が暗くなっていたからかアレクシアはユリアーナに標的を変えた。
尋ねられた瞬間、顔を真っ赤に染めるユリアーナ。
私より分かりやすいですね。
人の事を言えないと思っているとアレクシアに「誰?私の知っている人?」と聞かれて戸惑っていた。
「いや、あの………アードリアンが好き」
真っ赤になりながら言うユリアーナはやっぱり可愛い。
これで人を揶揄う癖がなかったら…。
「これはじっくり話す必要がありそうね」
「話す事はないわよ!」
言い合っている二人を眺めているとアレクシアの執事がやって来てお泊まりの許可が出たと教えてくれる。
どうやら今日は夜通し話す事になりそうだと苦笑いが漏れた。
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