第15話

ユリアーナが挨拶を終えるとヘンドリックは仕事に戻ると立ち去って行った。彼と別れた後に向かうのはアードリアンが待っている生徒会室だ。


「リーゼ、さっきからどうかしたの?」


尋ねてきたのはユリアーナだった。


「ヘンドリック様とは昔どこかで会った事があるような気がして…」


前世の記憶を思い出す前に会っていたのだろうか。

思い出す前の記憶はもうあやふやになっている。だから今はもう思い出せない。


「叔父上から会った事があるとは聞いた事はないな」

「そうなのですか…」


会った事がなくとも見た事はあるかもしれない。

おそらくヘンドリックと父は知り合いのはず。彼がヴァッサァ公爵邸に訪れた事があっても不思議ではないのだ。

気にしたところで思い出せないのだけど。


「気になるの?」

「いえ、別に。ベルン様が心配するような事は何もないですよ」


苦笑する。

妙に気になる存在だけどベルンハルトを不安にさせるくらいなら気にしないようにしたい。それに小さい頃にヘンドリックと出会っていたとしてもベルンハルトを好きな気持ちは変わったりしないのだから。


「リーゼは人気があるから心配だ」

「私より人気がある人がそれを言いますか?」


どこに行っても私よりもベルンハルトの方が人気者だ。そもそも公爵令嬢と王太子を比べる方がおかしいのだけど。


「私の方が心配してますよ。ベルンが自己紹介した時に何人か女子生徒が見惚れてましたよ」


あれは嫌でしたね。

仕方ない事だと割り切っていても嫌な物は嫌なのだ。


「お互い様ですよ」


ユリアーナが呆れたように呟いた。

イチャイチャするな。

そう言いたそうな表情で見つめられて苦笑いになった。さっさと生徒会室に行こうと歩き出した瞬間、嫌な声が聞こえてくる。


「あー、ベルンハルトさまぁ!」


声が聞こえた瞬間ベルンハルトの表情が固まった。

どこに居るのか分からないはずなのに凄まじい嗅覚ですね。


「リーゼ、ユリアーナ嬢、逃げよう」


ベルンハルトに言われて頷くけどおそらく逃げられないだろう。


「逃げないでください!」


走ってきて私達の前に回り込むアンネに驚く。

脚力凄いですね。


「邪魔ですよ」

「その女達、邪魔ですよねぇ」


私とユリアーナを睨みながら言われるが明らかに邪魔だと言われたのはアンネだ。

都合の良い頭にも程がある。


「邪魔なのは君ですよ。私達は生徒会室に向かっているので退いてください」

「私も生徒会に行きますぅ」


何を言っているのだ。

生徒会に入れるのは特進クラスの上位三人のみ。今回は私達三人だ。

面倒ですが仕方ないです。


「生徒会室に入れるのは役員だけです」

「私は生徒会メンバーですよ?」

「は?」


ベルンハルトは思わずとこちらを見てくるので苦笑いで首を横に振る。

ゲームの主人公は生徒会役員だった。しかし現実の彼女は違う。そもそも特進クラスじゃないのに。


「貴女はDクラスでしょ」


ユリアーナが呆れたように言うと「だからぁ?」と返事をされる。

妙にイラッとするのは話し方とくねくねと動く身体のせいだろう。


「生徒会に入れるのは成績優秀のみ。貴女には入れないわ」


今度は私が注意をする。

成績優秀だったとしてもこの子を生徒会に入れるのは問題があり過ぎると思うけど。


「ベルンハルトさま、いじめられるぅ」


いい加減イライラしてきたのですが、殴っても許されるでしょうか。

ユリアーナも同じみたいで今にも抜刀しそうだ。


「勝手に私の婚約者の名前を呼ばないで頂けますか?」


校内で魔法の使用が禁止なのが残念です。

氷魔法が使えたら、その沸騰した頭を冷やしてあげられるのに。


「ベルンハルトさま…」


私に気圧されたのかアンネはベルンハルトに助けを求める。

助けを求める人が間違っているのに愚かな人だ。


「名前で呼ばないでください」


私を背中に隠すようにするベルンハルト。後ろからでは彼の表情が見えないけど声のトーン的に怒っているのが分かる。おそらく笑顔で怒っているのだろう。

笑ってるのに怒りを感じる方が怖く感じますよね。


「あの、私…」

「今なら許してあげます。さっさと帰ってください」

「はい…」


ベルンハルトの事も怖くなったのかアンネは逃げ帰って行く。


「あいつは何なんだ…」

「さぁ…」


困惑した様子のベルンハルトに苦笑いで返す。

私もあの手のタイプには会う機会は滅多にない。

四年前に王妃様主催のお茶会で会ったお花畑令嬢くらいだ。ちなみにあの子はあの後ちょっと悪い噂のある子爵と婚約したらしい。


「四年前の母上主催のお茶会を思い出すな」

「私も同じ事を考えていました」

「どうやって育てたらあんな風になるんだ」


理解出来ないと戸惑った表情をするベルンハルトに「甘やかされて育てられたんですよ」と返す。

お花畑さんは家の中で甘やかされて育てられたせいで外に出ても同じようにお姫様扱いして貰えると思っているのだ。しかしアンネの場合は前世の記憶が理由になっていそうだけど。


「いつまでもあいつの話をしていも仕方がない」

「お兄様が待っていますし、行きましょう」


笑いかければ、腰に腕を回されます。


「ベルン様、校内でエスコートは必要ないですよ」

「くっ付いて癒されたいんだ」


寄りかかって来るベルンハルトの頭を撫でようとした瞬間、後ろから凄い視線を感じる。振り向けば無駄に良い笑顔で見てくるユリアーナが居た。


「ベルン様、ユリアが見ているので離れてください」

「続けて頂いて結構ですよ」

「ユリア、揶揄わないで」


ベルンハルトの腕の中から逃げ出そうとした瞬間。


「どうして!」


突然の声に驚いて振り向くと逃げたはずのアンネの姿がありました。しかも怒っている。


「今度は逃げよう」


頷き合ってから三人で逃げ出します。

廊下を走るのは良くないと思うけど緊急事態だから許して欲しい。追いかけられているような気がしますが振り向いたら負けだ。


「ベルン様がベタベタしてくるから怒ったのですよ」

「まさか見られているとは…」

「イチャイチャするなら人前ではやめてくださいね」


廊下の端に見えた生徒会室に飛び込んだ。

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