第3話

「リーゼ様、ユリアーナ様がいらっしゃっています」


自室でノートを眺めていると扉の外からフィーネの声が聞こえてくる。

ユリアーナが来ている?

今日来るという約束はしていなかったのですけど、どうしたのでしょうか。


「通してください」

「失礼します」


ノートを机に仕舞うのと同時に部屋の扉が開いた。むすっとした表情を作りながら部屋に入ってくるのはユリアーナだ。


「フィーネ、お茶を用意したら誰も部屋に訪ねて来ないようにしてください」

「畏まりました」


部屋を出て行くフィーネ。近づいてくるユリアーナは相変わらず不満気な表情だ。


「どうして私が来たか分かってる?」

「……分からないわ」


何となく想像は出来る。目を逸らすと深い溜め息を吐かれた。

程なくしてフィーネが戻ってくる。


「ごめんね、席を外してくれる?」


紅茶を用意してくれたフィーネに声をかけたのはユリアーナだった。

フィーネが心配そうな表情を向けてくるので苦笑いで「大丈夫よ」と返す。

彼女が部屋を出て行ったのを確認した後、防音の結界を施した。


「いい加減にしたら」

「何の話よ」


ユリアーナに睨まれるのでそっぽ向いて答えると胸倉を掴まれ引っ張られる。

仮にも未来の主人と定めた人にやる事なのでしょうか。いや、しらばっくれる私が悪いので文句は言えませんけど。


「いつまでそうやってウジウジしているつもりなの!見ていて鬱陶しいのよ!」

「鬱陶しいなら見なければ良いでしょ」


ユリアーナの表情が歪む。


「あからさまにベルンハルトの事を避けて!婚約者なんだから向き合ってあげなさいよ!」


向き合ってどうするというのだ。

私は悪役令嬢、彼は攻略対象者。相容れない存在なのだ。


「いつか嫌われて断罪されるのに向き合っても仕方ないでしょ!」

「どうして断罪されるって分かるのよ。彼の気持ちを知ってるでしょ!」


ベルンハルトの気持ちは分かっている。

そんなの幼少期から分かっていた。ただゲームで自分を断罪する相手である彼を信じ切れないのだ。


「分かっているなら彼の気持ちに応えてあげなさいよ!それで破滅は回避出来る…」

「強制力があったらどうするのよ!今は私を想ってくれていても主人公が現れた時、簡単に気持ちが変わってしまうかもしれないじゃない!」


小説だとある事だ。

だから私はベルンハルトの気持ちを受け取る事が出来ない。

もし今彼の気持ちを受け入れて結果的に嫌われたら耐える事が出来ない。だって私は…。


「ベルンハルトに嫌われる未来があるなら…今から距離を取っていた方がきっと傷付かないで済むわ」


幸せからどん底に突き落とされるくらいなら自分から身を引いた方が遥かにマシだ。

今は彼を傷つけてしまうかもしれないがきっと主人公が癒してくれる。

悪役令嬢はお呼びでないのだ。


「リーゼ、貴女ベルンハルトが好きなのね」


ユリアーナの言葉に歯をギリッと鳴らした。

ベルンハルトが好き。

私が言えない言葉、認めたくなかった気持ちをあっさりと言う彼女を睨み上げる。


「ベルンハルトが好きだからいつ嫌われても良いように今から距離を取ろうとしている。自分が傷つくのが嫌だから逃げているのね」


冷たく見下ろしてくるユリアーナから目を逸らした。

図星を突かれたからだ。


「私はベルンハルトの気持ちが変わると思わないけど」

「主人公が現れたら…」

「もうゲームに縛られるのはやめたら?」


ユリアーナの言葉にハッとする。

彼女に視線を戻すと悲しそうな表情をしていた。


「この世界はゲームじゃないのよ」

「それは…」

「私はリーゼに笑っていて欲しいの。だから辛そうに過ごされるのは嫌なの。昔のような貴女に戻ってよ」


肩に頭を乗せてくるユリアーナからは啜り泣くような声が聞こえてきた。

彼女は私と違ってゲームの強制力を恐れていない節がある。

それはゲームに囚われていないからだろうか。


「……どうすれば良いのよ」


私がトルデリーゼである限りはゲームの存在がついて回ってしまう。

断罪される未来が脳裏に浮かぶ。

吐き捨てるような私の声にユリアーナはまた表情を歪めた。


「……やっぱり私だと駄目なのね」


悲しそうな呟きが静寂に響いた。



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