第16話

アードリアンがどんな呼び方をしたのか分からないが父と母が慌てて部屋に入ってきた。

遅れてガブリエラ様とベルンハルトの付き添いで来ていた初老の執事が入ってくる。

急に入って来られたせいでベルンハルトにチョコレートを食べさせられているところを見られてしまった。


「リーゼ、なぜ当たり前のように殿下に食べさせてもらってるんだ」

「つい」


父に言われて返事をする。

子供からお菓子を差し出されたら食べたくなるのは結構普通の事だ。

前世でも友達のお子さんからのお菓子は食べていましたからね。


「殿下、どうして娘にチョコレートを食べさせているのですか」

「楽しいからですよ。リーゼは可愛いですね」

「リーゼが可愛いのは当たり前です」


トルデリーゼの顔が可愛いのはもう良いですからさっさと本題に入って欲しいです。

そして早く私を解放して欲しい。


「リーゼ、どうかしましたか?」


ベルンハルトから声をかけられるが丁寧な口調に違和感に感じる。さっきまで普通に話していたので仕方ない事だ。


「ベルン様、早く婚約を済ませてください」


王命と言っていましたし、すぐに婚約出来る状態のはず。

婚約について習っていないので知らないが大方必要書類に自分の名前を書くのだろう。


「そんなに早く私と婚約したいのですか?」

「そういう事で良いです」


キラキラ笑顔の王子様に言われて適当な返事をする。

これ以上は付き合いきれない。


「リーゼ、本当に良いのか?」

「断れない事を知っていて聞くのですか、お父さま」


睨めば、父は顔色を悪くした。

いくら私の為であったとしても約束を破った事は許しませんからね。


「クラウス、書類を」

「はい、ベルンハルト様」


クラウスと呼ばれた初老の執事が鞄の中から紙の束を取り出した。見た感じ二十枚くらいはあるそれらに頰が引き攣る。

まさか全部に署名するのでしょうか。


「目を通した後、ご自身で署名をしてください」


はい、ありましたね。

クラウスさんから説明を受けて乾いた笑いが出てくる。中身を見ると既に陛下とベルンハルト、それから父の署名が入っていた。

用意周到過ぎる。


「大変だと思いますが頑張って書いてくださいね」

「はい」


今更逃げるつもりはない。一枚目の書類を持ち上げて内容に目を通して行く。当然だけど婚約について色々と書かれていた。

これ、私は理解出来るけど普通の子は理解出来ないでしょ…。


「何か分からない事がありましたか?」

「いえ、問題ありません」

「本当に優秀なんですね」


別に優秀ではありません。

単に中身が大人だから理解出来るだけです。


「……リーゼ、署名しなくても良いんだぞ」

「リアン、この婚約は王命なんだ」

「くそ…」

「リアン、やめなさい」


人の事を言える立場にないがアードリアンの態度が悪過ぎる。そんなに私とベルンハルトの婚約が嫌なのだろうか。

私も嫌だけどね。


「ベルン、妹を傷つけたら許しませんよ」

「分かっていますよ」


いつかこの会話を忘れる日が来るかもしれないと思うと微妙な気分になってくる。

忘れないと良いですねって感じだ。


「終わりましたよ」


書き終わった書類をクラウスさんに渡して確認してもらう。

全ての書類に目を通した彼がベルンハルトに向かって頷いて合図を送った。


「婚約成立ですね」


ベルンハルトから手を差し出されるので自分の手を重ねた。


「これからよろしくお願いしますね、リーゼ」

「よろしくお願いします、ベルン様…」


手の甲へのキスは少しだけ擽ったかった。

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