第7話 巣立ちの準備
言っちゃった。やっといえた。今の気持ちは、うん、心の臓がバクバクしててよくわからない。
しばらくしてやっと落ち着いた私は、恐る恐る4人を見た。奥の2人の顔は分からなかったけど、お母様とお父様はというと2人とも豆鉄砲を喰らった動物みたいになっている。そして暫くして口を開いた。
「その……妃芽花。あなたの魔術のセンスが凄いことはもちろん知ってる。あなたほどのセンスならなれる可能性は十分よ。でも、でもね……」
お母様は少し言葉に迷ったようにして、また話し始めた。
「魔術議員になるにはチームを組んで……領地のためにバトルをしなきゃいけないの。勿論怪我の心配のない勝負方法もあるわ。でもね……」
「お母さんは妃芽花さんを心配しているんですよ。……父さんとしては母さんと同じ意見かな……」
珍しくしどろもどろなお母様にお父様がフォローを入れる。勿論怪我なんて承知済みだ。でも今はそんな保身をしている場合じゃないの。こんなことをしている間にも高橋くんが酷い目にあってるかもしれない、寒空の中凍えているかもしれない、お風呂にも満足に入れないかもしれない。
今わかった。高橋くんとの出会いは、私を想像以上に強くしたみたいだ。無意識のうちに握りしめていた拳が痛みを上げ始めた頃、お父様が少し迷った様子で、それでも大切な人を労るように、訪ねて来た。
「魔術議員になると言うことは、お姉さんと同じことをするんだよ?それでもいいのかい?」
ぎくりと来た。反論としてお姉様が引き合いになる事は薄々思っていたけれど、本当にくるとは。
……駄目だ。お姉様の事を考えただけで身体の震えが止まらない。家族は好きだけどお姉様だけは好きになれない、あの人は最早人間の感性をしていないんだもん。魔術の才能はもちろん、価値観も感性も何もかもが常軌を逸脱している。
そんなお姉様が本当に愛おしいものを見るように私を見てくる、それが怖くてたまらない。女神からの熱視線が怖い、愛を説く言葉一つ一つに戦慄を覚える。そして何より私が魔術議員になると知った時、どんな反応をするのか、これが全くもって予想できないのが怖い。
こんな人が魔術議員の議長なんて、よく考えなくてもどうかしてるよ。
「そっそれでも私、本気なんだもん!」
空元気丸出しで発破をかけたけれど、どう聞いても声はひっくり返っていたし、自分でもわかるくらいに身体が震えている。でもお母様たちはこの瞬間を見逃す手はないだろう。仕掛けられる前に反論しなくちゃ……もう! どうにでも! なれ!
「みんなが賛成しないのなら、出てってやるんだから!!!」
後先考えずにそう叫んでしまった。一瞬ハッとしたけれど、もう遅い。勢いそのまま自分の部屋に逃げ込んでしまった。後ろから声が聞こえるけれど知ったこっちゃない。扉を閉め鍵をかけ、バックに荷物を積める作業に入った。
涙が止まらない。荷物を積める手が震えている。この震えはみんなを怒らせたのかもしれないと言う怒りなのか、それとも家を出て行っても上手くやっていけるかという不安ゆえなのか。でもスタートラインに立ったのだ、言ってやった、なんで考えている自分は心のどこかにいた。
必要なものを引き摺り出した。クローゼットからはお洋服と下着、ベットの隣にあるバックからお財布、あとは……
「クーン…………」
ドア越しから2世の声が聞こえてくる。元気がないみたいだ、心配してくれたのかな?
「2世、貴方も来る?」
そう聞くと、まるでこちらの言葉がわかるように2世はワンワンと吠えている。本当に頭の良い子だな、私はクローゼットから2世のご飯とリードを取り出し、バックに詰めた。
準備が終わり、すっかり重くなったバックを背負い上げ、ドアに手をかけたお母様達になんで説明すれば良いか一瞬戸惑ったけど、もうあんなに叫んだんだし、後はもう無視を決め込めば良いよね……?
でも私には2世がいる。今でも名前を呼ぶとヴーワンと鳴き返してくれる。2世は頭も良くて頼りになる。彼がいてくれればきっと大丈夫だ。深呼吸をして手の震えをなんとかしようとスーハースーハーと繰り返している。すると突然、
「妃芽花、リビングにいらっしゃい!」
お母様に高らかに呼ばれた。声色から怒る感じではないけれど、どうしたのだろう。ドアをゆっくり開けて、2世と共にリビングに向かった。決して意見は曲げないとパンパンに荷物を詰めたリュックを持って。
「妃芽花さん、そのリュックは……」
「私、負けないよ!」
お父様の声を食い気味に遮断する。もうみんなが何を言っても無駄なんだから。お母様も、お父様も、老婆やさんも岸本さんもってあれ? そういえば岸本さんの姿がないどこに行ったんだろう。
「うん、それはもうわかったわ。私たちが言いたいのはね……」
お母様とお父様、老婆やさんは暫く見つめ合っていた。それでも一足先にお母様が覚悟を決めたように私の肩を掴んだ。後ろの2人はそれをじっと見ていた。
「私達はね、妃芽花を応援したいの」
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