ドールハウス

暖色

第1話 玄関

カチと音が鳴る。ジジと連なった音ともにドールハウスに明かりが灯る。

玄関、リビング、キッチン、浴室、遊戯場、庭園、個々の部屋。

明かりの灯ったドールハウスの中、小さな影達が動き出す。くるりと回り移動して、身を屈め身を起こし椅子に座り立ち上がり、各々の役目を果たす為、各々の仕事をこなす為。

ふと、ひとつの影が扉を開く。

「おや、これはこれは大きなお客様。我が主、アディール様のお邸に御用でしょうか」

現れた影は細身の男。ピシと燕尾服を纏った彼は明るい表情で問いを投げ、けれど答えは待たずに悩むよう腕を組み顎に手を添え頭を傾ける。

「しかし困りましたな。実は我が主、アディール様も他の者もつい先程起きたばかりでして…誠に情けない事ながらお客様をお迎えする準備は出来ていないのです。寛大なお心をお持ちのお優しいお客人!パーティの準備が出来るまで我が主、アディール様のお邸の庭園でお待ちいただけるだろうか!」

つらつらと言葉を紡ぎ、キリッと眉尻を釣り上げたかと思えば胸元へ手を添え声を高らかに願いを叫ぶ。真正面からその太陽程にも大きな瞳を見据え最後まで綴った後、機械人形の様にきびきびと両手を体の脇に揃えその頭を下げた。角度はきっちり直角九十度。一つ、二つ、と時を数える程頭を下げていたが聞こえた吐息を返事と受け取ったかぱっと身を上げては相好を崩した。

キリッとした先程までの表情は何処へ行ったのか。何処か胡散臭ささえ漂う表情を浮かべにこにこと笑う。

「気持ちの良い御返答感謝致します。ではでは此方へ。毎日欠かさず庭師が手入れしている庭園です故きっとお客様のお心をぎゅっと掴む様な景色がお待ちしている筈ですぞ」

もう一度一つ、今度は浅い礼をし彼は歩き出す。顔を向け話を続けながらすたすたと彼が歩めばドールハウスがシュコシュコと音を立て変貌した。見えていた面が変わり中が開かれ、緑の生垣に囲まれた、中心にテラスの置かれた庭園が姿を現す。

其れが視線に入ってから少し。彼の小さな歩みが庭園の入口へと辿り着けば彼は一度立ちどまり入口の戸を開き、自信に溢れた表情で瞼を落とし上体を逸らす。

「さぁさぁお客人!いざ、我が主、アディール様ご自慢の庭園へ」

其の儘時が静止し数秒。彼は瞼を開き怪訝そうに小首を傾げた。

「ややっ、如何なさいましたかな?もしや草花はあまりお好きではないとか…?」

困った様に眉尻を提げ見上げ、其れから庭園へと視線を向けては身を乗り出すようにしてその中を確認し

「ああっ!」

と、大袈裟にも聞こえる情けなさにさえ思える声を上げた。

「なんと、ああ、申し訳ございませんお客様。ああ、あぁ、なんという……庭師!庭師!何処です!?今すぐここへ!庭師!!」

わたわたと謝罪を綴り焦りの滲む所作で頭を下げては嘆きに似た声を幾つも零した後、声を張り上げる。その声に答える人物は中々訪れぬまま。

客人の前でそう長い間取り乱すのも悪いと思い至ったのか彼は言葉を収めては情けない表情のまま、髪を整え直しすっと姿勢を正し深く頭を垂れた。

「申し訳ございませんお客人。もてなしの準備も整わずまさか庭園までもこの様な、花一つない有様だとは…いやはや何の魔法に掛かっていたのか皆々長らく眠り続けつい先程目覚めたものでして…いえ、この様な言葉を聞かせることさえ無礼。このお詫びは何としても致します。例えこの命をと望まれたとして必ず。ですからお客様…今暫く、自由に邸内を歩きつお待ち頂けないでしょうか?」

まるで断頭台に頭を垂れる罪人の様に言葉を紡ぎ、揺らいだ気配にぱっと顔を上げ安堵の表情を浮かべる。

「ああ、本当に…お優しい方で良かった。では、ご厚意に甘えさせていただきます。きっとすぐにはっと目を見張る程の美しい庭園が出来上がるはずですから、どうかごゆるりと、お好きに散策しつつお待ちください。他の者にも告げておきますので」

気の抜けた様に息を吐き、再度姿勢を正し直し礼をする。其の儘身を翻した彼は庭師の名を叫びながら屋敷の中へと消えていった。

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ドールハウス 暖色 @tumugu1156

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