第61話 ノートンの姉弟、迎えを待つ

 そうして、姉さんの体調が万全になった頃、僕と姉さんは迎えの竜に乗って、フォルトナーへ訪れることになった。

 僕が不在中のことは、姉さんの叔父でもある侯爵に頼んである。


 彼は、この国に残った貴族の中で、清い貴族の代表のような人だ。

 彼がこの国に残った理由は一つ。

 姪であるフェリシア王女の今後を懸念して、そして、彼女の後ろ盾という立場もあり、フォルトナーの独立騒動が起きてもこの国に残ってくれた。


 侯爵は、幼くして母親である王妃を、死によって奪われてしまった姉さんをとても可愛がっている。

 だから、フォルトナー王国への嫁入りの話をした時は、顔を真っ赤にして噴火でもしそうな勢いで怒った。

「フェリシア王女までも国から排除しようというのか! まだ見込みがあると思ってはいたが、所詮あの女の息子か!」

 そう言って怒鳴られたものだ。

 まあ、一応僕は王なので、不敬だと言っても良かったんだけれど。


 結局のところ、僕の真意を彼に知ってもらうため、そして、これからのノートンの中心を担っていく臣下となってもらうために、姉さん同席のもと、これからの計画と婚姻の意味を説明した。

 彼は僕の思惑を受け入れてくれて、僕を支えるために、すでに内務卿になってもらっている。


 彼は有能だ。

 そして、『フェリシア王女派』の人脈もある。

 国には、国の乱れを憂いながらも、国を思い残った貴族もいるそうで、そういった信用できる貴族から、空席となったポストに人材を補ってくれている。


 一旦、フォルトナーに行ったものの、職業貴族が全員職につけるとは限らない。そうしてあぶれている者の中で優秀な者や、信頼できる者達に声もかけてくれているらしい。


 そんな人事に文句を言おうとする、亡き公爵派の貴族もいるものの、頼るべき公爵も王太后もすでに鬼籍の人。頼る術もないらしい。


 そういうわけで、あとの国内のことは内務卿に任せ、城の屋上で、僕と姉さん、侍女のミレニア、警備兵二名で待っている。


 すると、雲一つない青空の、フォルトナー側に黒い点が見えてきた。

 その黒い点はどんどん大きくなっていき、それが大型の竜であることを確認できるまでになってきた。

「あれが、フォルトナーが使役している竜なのか……」

 僕は絶句する。

 あとで、あれはフォルトナーのものではなく、魔族となったリリス姫の使役するものだと聞かされるのだが、まだそれを知らされていない僕には、絶望的な差に思えた。

 まるで、国力が違う。


 姉さんをフォルトナーの王太子妃にと望んだのは傲慢だったのだろうか。

 僕の額に、冷や汗が伝う。

 いや、それでも。

 僕は、姉さんに『第二夫人』なんて日陰の、肩身の狭い思いはさせたくない。


 ーー今日の会見の僕の手腕次第で、姉さんの未来が決まる……!


 僕は、近づいてくる竜を見つめながら、拳を握りしめるのだった。


「ニーちゃん、おくじょうにいるひと、びっくりしないように、ゆっくりおねがいしましゅ」

 なぜ、竜を指示している言葉が、幼女の声で、噛んでいるのだろう?

 不思議に思ったが、僕達は、着地に邪魔にならないように避けて待った。

 そうして竜が屋上に着地し、その背から、人が二人降り、僕達の方へやって来た。

 背の高い、二十歳くらいの男性と、……なぜか四歳くらいの幼女だ。しかも丸いツノが生えている。


「お初にお目にかかります。ファルトナー家の嫡男アベルと、妹のリリスと申します。妹の方は事情があって魔族化しておりますが、れっきとした私の妹です」

 迎えに来たのが、フォルトナー家の王太子当人と、その妹、リリス姫だったことに、僕は驚かされた。


「リリス・フォン・フォルトナーれしゅ。よろしくおねがいしましゅ。ほら、ニーくん、きみもあいさつ」

 舌ったらずな口調で、幼女の方が竜に命令をする。すると、竜が素直に頭を下げた。

「リリス様の僕のニーズヘッグと申します」

 そうか、フォルトナーの姫ということらしい。


「こうは見えても、ニーズヘッグの主人はリリスなのです。なので、二人で参りました。リリスがいれば、護衛も不要ですしね……」

「ねえねえ。にいさま。あのあたらしいの、ひろうしていい?」

「うーん、人のいない方にな?」

「あいっ!」

 何か二人で算段しているが、何をする気なのだろう?


「これからフォルトナーにお二人をお連れし、お護りするのに、十分強いというところをご覧に入れたいのですが……。あちらの、何もなさそうな森に、魔法を撃ち込んでもよろしいでしょうか?」

 そう言って、アベル王太子が城の裏手の森を指さす。

「大丈夫ですよ」

 城壁から監視はしているが、あの森には人を配備していない。だから僕が許可を出した。


 すると、リリス姫がそちらを向いて、手を差し出した。

「サモン、うさぎたん!」

 彼女の言葉とともに、七匹のうさぎのぬいぐるみが現れて、皆んな一斉に両手を森に差し出す。


「「「「は?」」」」

 僕達、ノートン側の人間は、護衛も含めて驚きでおかしな声を出す。


「いけー! うさぎたん!」

 すると、ありとあらゆる属性の魔法によって森が蹂躙され、森は火事になってしまった。

「あー! どうしよう! えーっと、えーっと! しょだ! サモン、だいけんじゃ、マーリン!」

 今度は壮年の魔導師が現れて、リリス姫の状態と、その先の森の状態を見てすぐに判断したらしい。

霧雨ウォーターミスト

 その魔法は、しとしとと森を濡らし、森の火事は程なくして鎮火した。


「マスター、森に火魔法はダメでしょう」

「ごめんなしゃい……」

 リリス姫が、魔導師に嗜められてしゅんとすると、うさぎ達はいずれともなく消えていった。


 いや、いったいなんなんだこの姫は。それと、竜を僕にし、よくわからないうさぎのぬいぐるみにあれだけの魔法を使わせる?


 姉さんをフォルトナーに送って、大丈夫なのか、僕は一抹の不安を感じた。

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