第2話 召喚師、魔族領に連れていかれる

「……うーん」

 差し込む明るい陽光が顔に当たって目が覚めた。

「あ! お客様の目が覚めました! お加減はどうですか?」

 側で私の面倒を見ていたらしいメイド服の少女が、柔らかな笑顔で訪ねてくる。

「うん、問題ないと思う。……けど、ここは?」


 部屋は広く、私の寝ているベットは大きな天蓋ベッド。落ち着いた内装ながらも、壁にかけられた絵画や調度品には金があしらわれ、かなり豪奢なのはすぐに見てとれた。


「お客様は、魔王領でお仲間と諍いを起こされ、刺されたそうです。傷については、ご自分で治されたそうですが、流した血の量が多かったのか、倒れてしまわれたところを、アスタロト様が魔王城の客間にお連れしたのです」

 そうだ、私は、勇者ハヤトに背後から剣で突かれたんだったっけ……。

 なんだか、『仲間に裏切られたという事実』にうんざりして、枕に顔を突っ伏した。


 そんな私を眺めながら、メイドが声をかけてくる。

「お目覚めとのこと、ご報告してまいります」

 そう言って一礼すると、彼女は扉を開けて出ていった。


 ーーあれ。魔王城って言ったよね?


 目指していた敵の陣地の真っ只中だよね?

 がばっ! と私は体にかけられた寝具をまくって起き上がり、あたりを見回して誰もいないのを確認してから、英霊を召喚する。

 英霊、別名エインヘリヤルとも呼ばれる、死した勇者のことを言う。私は、彼らを『誰でも』召喚可能だった。


 ……と言っても、勇者パーティーだと、回復だけしろと命じられていたので、聖女フェルマーしか呼んでいなかったけれど。


召喚サモン、大賢者マーリン」

 すると、ローブ姿の若い男性が姿を現す。

「マスター。お呼びで?」

「マーリン、私は勇者に裏切られて死にかけたのよ。そして、気を失っている間に魔族に救われて、その城に匿われたらしいの。あなたならこれをどう見るかしら? 安全?」

 私の問いに、しばしマーリンは逡巡する。

「……少なくとも、マスターに害をなそうと思えば、貴女が気を失っている間にできたはずでしょう」

 うん、それはそうだろう。

「それと、この豪奢な部屋。恐らく、彼らの真意は分かりかねますが、貴女を客人と扱っているように思われます」

 そんなことを話していると、部屋の扉がノックされた。

 すると、マーリンがそっと私の耳打ちする。

「何かありましたら、お呼びください。城を破壊してでも、お助けしますから」

 そういうと、にっこりと極上の笑顔を浮かべて霞に消えていった。


 ーーその凶暴なセリフは、その笑顔で言うことじゃないと思うよ?

 英霊ってよくわかんないのよね。

 ある意味、それぞれの道を極めた人物だから、なかなかにみなクセがある。


 すると、もう一度部屋の扉がノックされた。

 ああ、呼ばれていたんだった。

「はい! どうぞ!」

 ハッとしてみると、私の着ているものは、薄く柔らかな薄物だったので、慌ててベッドの中に潜り込んだ。


「あなた! 目を覚ましたって聞いたわ!」

 早足に私のそばにやって来たのは、長いウェーブのかかった紫の髪と瞳を持った、妖艶な美女だった。その頭には、立派なヤギのツノが二本生えていた。

 彼女は私の元へやってくると、両腕で私を抱きしめて抱擁してくれる。

「え、えっと、どなた……」

「ああ! 自己紹介もまだだったわね! 私は、魔族四天王のアスタロトよ。貴女は?」


 ああ、この人が、私をここへ連れてきて休ませてくれたという人か。

 私は、さっき聞いたメイドの言葉を思い出す。

「……私は、リリスと言います。勇者パーティーで召喚師をしていました。本来敵対する私を、こんな勿体無いくらいのお部屋で休ませてくださり、ありがとうございます」

 まずは、そこは素直に感謝すべきところだろう。

 私は、彼女とそばにいるメイド二人を交互に視線を合わせてから、一度、深く頭を下げた。


「リリス。そんな敵対だなんて気にする必要はないわ。そもそも貴女は、その勇者に酷い裏切りをされたのだから」

 可哀想に……、そう言って、再びアスタロトに抱きしめられた。

 すると、私のお腹が、グーっと鳴る。

「あら、そうだ。あれだけ血を流したんだから、食べ物も必要ね。アリア。柔らかく炊いた粥を持って来てちょうだい」

「はい、急いで準備させます」

 やがて、柔らかく煮込んだ麦に、細かく刻んだ野菜や豆が入った粥が私の元に届けられた。

「美味しい……」

「お口にあったようで、よかったです」

 メイドのアリアが顔を綻ばせていた。

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