第一章 ダンジョン内転移の覚醒 その1
Dランクダンジョン――【夕凪ダンジョン】の十五階層。
そこで俺は、同時に三体のゴブリンを相手にしていた。
「はあッ!」
振り上げた短剣の切っ先が、一番近くにいたゴブリンの喉を貫く。
ゴブリンが血を噴き出しながら倒れていくのを尻目に、残る二体に襲い掛かる。
二体は連携しながら俺を迎え撃とうとしていた。
しかし、
「――遅い」
夕凪ダンジョンに出現するゴブリンのレベルは120前後。
それに対し、俺のレベルは194。
数の利こそあちらにあるが、圧倒的なレベル差がそれを無効化する。
ゴブリンたちが振るう棍棒を軽々と躱すと、そのまま短剣を力強く二度振るった。
ずさりと、音を立てながらゴブリンたちはその場に崩れ落ちていく。
「討伐完了っと」
そう呟くと同時に、脳内に聞き慣れたシステム音が鳴り響いた。
『経験値獲得 レベルが1アップしました』
「おっ、きたか。ステータスオープン」
すると、目の前にステータス画面が出現する。
―――――――――――――――
【
レベル:195
攻撃力:390 耐久力:290 速 度:400
知 力:290 抵抗力:290 幸 運:290
スキル:ダンジョン内転移LV9・身体強化LV3
―――――――――――――――
【ダンジョン内転移LV9】
使用MP:3MP×距離(M)。
条 件:発動者のいるダンジョン内に対してのみ転移可。
転移距離:最大で20メートル。
発動時間:2秒×距離(M)。
対象範囲:発動者と発動者が身に纏うもの。
―――――――――――――――
システム音の通り、レベルが194から195になっている。
ステータスの数値もレベルアップに合わせて少しずつ上昇していた。
……にしても、やっぱりステータスを見ると、ついつい落ち込んでしまう。
自分が冒険者に向いていないことが目に見えて分かるからだ。
「順調にレベルは上がってるけど、それでも冒険者の基準に当てはめれば下の中にいくかいかないかってところなんだよな。世界トップクラスの冒険者は10万を超えてるって話だし、それと比べたらまだまだだ」
まあ、ダンジョンが初めて出現したのが二十年前。その頃から第一線にいる人でそれなんだ。冒険者歴一年の俺が追い付こうとする方がおこがましいのかもしれないけど。
「っと、そうだ。確か夕凪ダンジョンのレベルアップ報酬って5レベルだったよな?」
ふと、俺は重要な情報を思い出した。
ダンジョンの最下層にはボス部屋があり、中にはダンジョンボスが存在している。
ボスを討伐しダンジョンを攻略すると、幾つかの攻略報酬をもらうことができる。
報酬の内容はダンジョンによって様々だが、どのダンジョンにも共通して存在するのがレベルアップ報酬だ。ダンジョンを攻略することによって、俺たち冒険者は決められた数だけレベルアップすることができる。
Eランクダンジョンだと1レベル、Aランクダンジョンだと100レベルといった風に、ダンジョンの難易度などによってその数値は変わるのだが、ここ夕凪ダンジョンはそれが5レベルとなっている。
さて、この仕組みを聞いた者の多くが、こういった疑問を抱くのではないだろうか。
ダンジョン内にいる魔物を討伐して経験値を稼ぐより、何度もダンジョンを攻略した方が効率的にレベルアップできるんじゃないか――と。
結論を言ってしまうと、それは不可能である。
というのも、ダンジョンを一度攻略すると次に挑戦できるようになるまで一週間の
どういう原理かは未だに解明されていないが、冒険者の攻略情報は世界中のダンジョンで共有されているため、他のダンジョンに挑むこともできなくなる。
そしてこの仕組みこそが、遅れて冒険者になる者が圧倒的に不利になる理由でもある。
「……改めて考えてみても、理不尽な仕組みだよな」
自分より格上の魔物と一年間戦い続けた者より、格下のダンジョンを五年間、安全に攻略し続けた奴の方がレベルが高くなるんだからな。
しかもこのレベルアップ報酬は、ダンジョンを何人で攻略しても決められた数だけ与えられる。仮に五人でこの夕凪ダンジョンを攻略すれば、五人全員が5レベルアップするというわけだ。魔物を討伐した際の貢献度によって配分される経験値とは異なるのである。
そのため多くの冒険者は自分と近い実力の者とパーティーを組み、少しでもレベルアップ報酬の多いダンジョンに挑戦する。それがこの世界の常識。
……誰もパーティーを組んでくれない俺の不遇さが、よーく分かることだろう。
「まあ、ソロも一概に悪いってわけじゃないんだけどな」
ソロでなら、経験値や迷宮資源を独り占めすることができる。あえてダンジョンを攻略せず、魔物討伐を中心に活動することによって、彼らとの差を埋めることも可能だ。
ただ、その場合は毎日ダンジョンに潜ることになるから、時間効率は最悪なんだけど。
何はともあれ、そんな様々な事情から、俺はソロで、かつ基本的にはダンジョンを攻略することなく冒険者活動を続けていた。
けれど、今に限ってはまた事情が変わってくる。
「ここのレベルアップ報酬を受け取れば、一気に200レベルになれるからな」
冒険者になって以来……ずっと、この瞬間を待っていた。
この世界のレベルシステムでは、レベルが10上がるごとに、スキルを強化するために必要なポイントであるSPを100獲得することができる。
現在、俺が保有しているSPが300。ここに+100をすれば400SPとなる。
これはそのまま、ダンジョン内転移をLV9からLV10にするのに必要な量だった。
スキルにもよるが、LV10になったタイミングで強力な効果を得るものも多々あるという。すぐに試したいところだ。
「よし、この先一週間はダンジョンに挑戦できなくなって稼ぎは減るが、背に腹は代えられない。いこう!」
覚悟を決めて、夕凪ダンジョンの最下層、二十階層へと向かった。
夕凪ダンジョンのボスは150レベルの双尾獣。
二本の尻尾を巧みに使い攻撃してくる魔物で、慣れるまでは対処が困難な敵だ。
しかし、俺はもう相手にするのが三回目。今回はレベル差もある。
最後まで落ち着いたまま戦い、無事に倒すことができた。
その直後、脳内にシステム音が鳴り響く。
『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』
―――――――――――――――
【天音 凛】
レベル:200 SP:400
HP:1640/1640 MP:360/360
攻撃力:400 耐久力:300 速 度:410
知 力:300 抵抗力:300 幸 運:290
スキル:ダンジョン内転移LV9・身体強化LV3
―――――――――――――――
「ふぅー」
一度大きく深呼吸する。
今日この瞬間が、俺の冒険者人生を大きく左右することになるかもしれない。
「思い返せば、この一年間色んなことがあったな」
高校を卒業してすぐに、冒険者資格を取得しダンジョンに挑戦した。
そして無事にステータスを獲得することに成功し、ユニークスキル【ダンジョン内転移】を手に入れた。
ダンジョン内を自由に転移できるという規格外の力。
最初は多くの者が驚愕し、期待を寄せてきた。
しかし実際に扱ううちに様々な欠点が露見し、使い物にならないとして、無能スキルだと蔑まれるようになった。
悔しかった。
それでも、諦めようとは思わなかった。
いつの日か憧れたあの人のように強くなりたいという思いは、一向に消えなかったから。
だから、同じタイミングで冒険者になった者たちが成長していく中、俺は地べたを這ってでも努力し続けたのだ。
その努力が報われるかどうかが、今決まる。
「さあ、いくぞ」
覚悟を決めて、SPを全てダンジョン内転移に振り分けた。
変わるのは転移距離か、発動時間か、対象範囲か。
それとも――
『ダンジョン内転移のスキルレベルが10に上がりました』
『条件が変更されます』
『発動者のいるダンジョン内に対してのみ転移可→発動者が足を踏み入れたことのあるダンジョン内に対してのみ転移可』
――脳内に鳴り響くシステム音は、それで終わりのようだった。
「発動者が足を踏み入れたことのあるダンジョン内に対してのみ、転移可……?」
その言葉の意味を呑み込むのに、しばらく時間がかかった。
そして俺は、自分が望んだ結果ではなかったということを理解する。
「そりゃそうだ……そんなうまくいかないよな」
転移距離がダンジョン内全てになれば。
発動時間が〇秒になれば。
対象範囲が自分以外の冒険者も含まれるようになれば。
色んな想定はしていたが、どうやらそこまで甘くはなかったらしい。
まあ、それを差し引いてもちょっと意味が分からないが。
俺が足を踏み入れたことのあるダンジョンに転移できると言われても……ダンジョンとダンジョンは最低でも1キロ以上離れている。
今後スキルレベルを上げることによって、転移距離が20メートルからどれだけ伸びようとも、実行できる機会はまずないだろう。完全に無意味な進化だ。
「はあ」
最後に一度、大きく落胆のため息をつく。
一年越しの期待が裏切られたんだ。こうなってしまうのも許してほしい。
そんな風に気落ちしていると、俺の体が淡い光に包まれる。
ダンジョンの外に帰還するための転移魔法が発動される合図だ。
「……っと、あぶないあぶない」
急いで双尾獣の死体から魔石を回収する。
魔物の内部には必ず魔力が籠った石――魔石が存在している。魔石は優秀なエネルギー資源になるため高く売れるのだ。回収するに越したことはない。
ちなみに回収しなかった部位は、時間が経つと自動的にダンジョンに吸収され消滅するようになっている。改めて思うが、ダンジョンというものは実に不思議だ。
魔石の回収後、俺は静かに転移魔法の発動を待つ。
本当は三日三晩、枕を涙で濡らしたいくらいには落ち込んでいる。
けれど、いつまでもそうは言っていられない。
「次、スキルが大きく進化する可能性があるのはLV20の時か。何年かかるかは分からないけど、また一から頑張っていくしかないな」
パシンッと、両手で自分の頬を叩き、新たに気合を入れる。
それと時を同じくして、転移魔法が発動するのだった。
「……帰るか」
一年越しの期待が裏切られたことに落胆しながら、夕凪ダンジョンを後にする。
だがこの一時間後、俺は知ることとなった。
ユニークスキル・ダンジョン内転移の真価を。
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