世界最速のレベルアップ

八又ナガト/角川スニーカー文庫

プロローグ

 約二十年前、突如として世界中に地下迷宮――ダンジョンが出現した。

 ダンジョンには、それまでの常識では考えられないものが幾つも存在していた。

 現代兵器を物ともしないほど、強力な力を持った生物――魔物。

 化石燃料を遥かに上回る効率で使用できるエネルギー資源――魔石。

 ほかにも、明らかに地球とは違う法則で生まれたであろうものが数多く存在していた。

 その中でもひときわ驚異的だったのが、レベルシステムという概念だ。

 レベルにステータス、そしてスキル。

 かつてゲームやアニメの世界だけに存在していた概念が、現実のものとなった。

 魔物を討伐し経験値を得ることによって、レベルは上がる。

 レベルが上がることによってステータスは上昇し、特定条件を満たすことによってスキルと呼ばれる超常的な力を手に入れることができる。

 その力を用いて魔物を討伐し、魔石を含めた迷宮資源を売却することによって生計を立てる者を冒険者と呼ぶようになった。

 冒険者の力は凄まじく、中にはたった一人で、一国の軍隊と渡り合えるほどの実力を持った者もいるくらいだ。

 そんな事情から、冒険者の社会的地位はかなり高い。

 世界ランク上位者ともなると、政治家や一般の著名人などとは比較にならないほどの大金、名声、権力を手にすることができる。

 多くの者が、自分もそうなれることを夢見て冒険者を目指した。

 だが、残念ながら冒険者を目指した誰もが、その夢を叶えられるわけではなかった。

 二つほど大きな障害が存在していたからだ。

 一つ目は、レベルシステムが全ての人間に平等に与えられるものではないということ。ステータスを獲得できるのは、ごく一部の限られた人間だけだった。

 そしてもう一つは……ダンジョンのとある仕組みのせいで、遅れて冒険者を始める者が圧倒的に不利になることだ。

 しかしながら、そういった幾つかの障害があるとはいえ、今日もまだ冒険者を目指す者は後を絶たない。

 誰もが一攫千金を夢見て、日々ダンジョンに潜る。

 だけどそんな中で、俺――あまりんが冒険者を目指す理由は少しだけ違っていた。

 昔、妹と二人で出かけていた時。通常はダンジョン内にしか生息していないはずの魔物が地上に溢れ出すという事件が発生した。

 その事件に巻き込まれた俺は、自分を超える大きさの魔物を前にして死を覚悟した。

 そんな時、一人の冒険者が現れたかと思えば、瞬く間のうちに魔物を討伐して俺たちの命を救ってくれた。

 その背中に、圧倒的な強さに、俺は憧れたのだ。

 その瞬間から、俺の目標は彼になった。

 今となってはもう当時の記憶はおぼろげで、その冒険者がいったい誰だったのかさえ分からないままだけど。

 それでも、この胸に生じた熱い思いだけははっきりと覚えている。

 彼のように強くなり、大切なものを守ることができるような存在になりたい。

 俺はそう、強く思った。


 それから数年後。

 俺は高校を卒業し、冒険者資格を取り、見事ステータスを獲得することにも成功した。

 しかし、そこで満足することはできなかった。

 冒険者として活躍するためにはもう一つの条件を突破する必要があったからだ。

 というのも、冒険者の才能は、ステータス獲得時に保有しているスキルによって判明すると言われている。

 たとえば、剣術スキルを保有していれば剣士、魔法スキルを保有していれば魔法使いとして大成できるといった風に。

 ステータス獲得時点でスキルを保有していなくても、後に入手するための手段はある。

 しかしながら、最初から保有しているスキルは、レベルシステムがその人の才能を分析した上で与えたものだというのが一般の見解だった。実際に同じスキルを用いても、最初から保有していた人の方が、効果が大きいことがほとんどらしい。

 そのため、ステータス獲得時のスキル次第では、その時点で冒険者として成功できないことが判明してしまうのである。

 実際に俺が保有していたスキルは二つ。

 一つは身体強化。これを保有している者は最低限、体を動かす才能があるものの、冒険者として活躍するにはあと一つ足りないと言われているスキルだった。

 そして肝心の二つ目。なんと、俺は他人とは違う特別なスキルを手に入れた。

 それこそが、俺だけが持つユニークスキル――【ダンジョン内転移】。

 その名の通りダンジョン内を自由に転移できる規格外のスキルであり、周囲からは羨望の眼差しで見られた。

 ――が、それは最初だけの話だった。

 スキルレベルが1の時点で、移動できる距離は最大5メートル、発動にかかる時間は1メートルにつき十秒、転移できるのは俺一人のみという数多くの制限があった。

 スキルレベルが上がっても制限はわずかに緩くなるだけ。

 その結果、周囲の冒険者にはすぐに無能スキルであると知れ渡り、誰も俺をパーティーに誘わなくなった。

 ダンジョン攻略において、パーティーを組むのは重要である。

 それができなくなった俺は、冒険者としての大成はおろか、ただダンジョンを攻略することすら困難になった。

 それでも俺は諦めなかった。

 いつの日か憧れた彼のように、強くなりたいと思ったから。

 そして何より……不思議な確信があったんだ。

 俺だけが持つユニークスキル、ダンジョン内転移。

 これが周りの言うような無能スキルなんかじゃないって。

 だから、それを証明したかった。

 そのために修練を重ねて、ダンジョンに挑み続けて。

 初めてダンジョンに挑んでから、ちょうど一年――唐突にその日はやってきた。


 ――――ダンジョン内転移の、覚醒の日が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る