あふれる思い

星海ちあき

第1話

 昔からあいつを見ていた。

 友達と話して笑うあいつ、スポーツで汗を流すあいつ、私に笑いかけてくるあいつ。

 一緒に過ごしているうちにいつの間にか好きになっていた。

 告白なんてしたら困らせるかもしれない。でも、何も伝えないで会えなくなるなんて後悔しか残らない。

 だから私は全力で走る。あいつのもとに、支倉誠はせくらまことのもとに。






「皆さん、卒業おめでとうございます」

 今日は海星かいせい高校の卒業式だ。

 私、霧崎きりさきさくらは今日高校を卒業して新しい生活をスタートさせる。

 近くの美術大学に進むから今よりもっと多くの時間を絵に使うことが出来る。

 そう考えるとワクワクが止まらなくなる。

 あいつはどうなんだろうか。



 家が隣で幼なじみの支倉誠。

 もともと運動神経がよかったが、中学からサッカーに打ち込むようになって、見た目もそこそこかっこよくなって女子にも男子にも囲まれるようになった。

 昔ほど話さなくなった今ではあいつがどんな道に進むのか、私は知らない。

 でも一つだけ決めていることがある。



「卒業生起立、礼」

「ありがとうございました!」

「卒業生、退場」

 今日、あいつに。誠に私の想いを伝えるのだと言うことだけは決めている。




 式が終わって最後のHRも終わるとみんな部活に行ったり友達と合流したりして写真を撮る。

 私も美術部に行くし誠もサッカー部に行くはず。

「美術部に行ってからでも大丈夫だよね」

 私はそのまま美術室へと向かった。



 パンッ!パパンッ!

 扉を開けると突然音がして驚いた。

「先輩!卒業おめでとうございます!」

 廊下ですれ違った同じ部の友達、源陽香みなもとはるかと顔を合わせて笑い合う。

 こんな風に祝われると思っていなかったからすごく嬉しい。

 後輩たちが私と陽香に花束を渡してきた。

「さくら先輩、陽香先輩、おめでとうございます。この花束はみんなからです。ふたりっぽい花を選びました!」

 私の花束にはピンクを中心に薄い紫や白がサイドにあしらわれて上品にまとめられていた。

 陽香のにはピンク色をベースに水色や黄色、白などの小さな花を周りにおいて可愛らしくまとめられている。

「ありがとう、まなちゃん、かほちゃん。こんな風に花束なんて貰ったことなくて驚いちゃった」

「陽香の言う通りだね。私も初めて貰った。みんなありがとうね」

「先輩!最後にみんなで合作しましょ!」

 こうして最後の部活が始まった。



 陽が沈み始めた頃に合作は完成した。

 描いたのは高校の校舎と桜の木。学校での思い出をたくさん詰め込んで描き上げた美術部の最期の作品。

「私卒業とか実感なかったんだけど、今すごい湧いてきた」

「私も。胸の中からいろんなものがこみあげてくる感じ」

 今日ここから出て新しい一歩を踏み出す。言葉で言えても実感はなかった。

 だがこの作品を描き終えたことで高校生活の終わりを告げるチャイムが聞こえてくるようだ。

「先輩!この絵を真ん中にして記念写真撮りましょう!」

「そうだね、ほらさくらも」

「うん!」

 写真の中の私は少し寂しそうな、不安そうな、曖昧な表情をしていた。

 未来は誰にもわからない。だからこその漠然とした不安。

 その不安を完全に拭い去ることは出来ないが、少しでも晴れやかな表情で明日からを歩くために誠のもとへ行こう。

「陽香、私そろそろ帰るね」

「え、じゃあみんなで帰ろうよ」

「ごめん、寄るところあるから。またね。みんなも、これからも頑張ってね」

 それだけ言って美術室をあとにした。





 サッカー部がいるコートのほうからは人の声がする。

 まだ沢山の生徒が残っているらしい。

 コートに近づくにつれて声は鮮明に聞こえてくるようになった。

「誠先輩、俺らの試合見に来てくださいね!」

「練習にも!いつでも遊びに来てください!」

「お前らなー、誠ばっかり誘いやがって!俺たちだって応援してるんだからなー」

 誠は沢山の人に囲まれていた。サッカー部の人達はわかるが関係のない人も大勢いるようだ。

「これじゃ近づけないな」

 この調子じゃ告白なんてできないと早々に悟り私は踵を返した。

 誠とは家も隣だし会おうと思えばすぐ会えるはず。

 そう思って私は帰路についた。

 だがそれは甘い考えだった。




 翌日、少し遅く起きてリビングにやって来た私に向かって母がとんでもないことを言った。

「あら?さくらなんでまだいるの?誠くんの見送りに行くと思ってたんだけど」

「え、見送りって何?お母さん何の話してるの?」

「誠くんから聞いてないの?誠くん、今日の十三時の便でイタリアにいくのよ」

 母のその言葉を聞いて私の頭の中は真っ白だ。そんな話一度も聞いてない。

 サッカーは続けるだろうと思っていたが、海外?日本でもプロは目指せるのに。

 だがそれだけ誠のサッカーに対する熱意は本気ということだ。

 それでも、なんで今日なのか。卒業式の翌日にすぐ海外なんて早すぎる。これじゃあ告白なんてできなくなってしまう。もう少し後でもよかったはずなのに。

 いや、これは全部私の言い訳だ。いつでも会えると過信していた私の考えの甘さが招いたことだ。

 こんなの、後悔しか残らない。

「そんなの嫌に決まってる」

「さくら?聞いてる?」

「ごめんお母さん、私ちょっと行ってくる!」

 迷わず私は家を飛び出してバス停まで走った。

 今の時刻は十時半、十三時の便ということは手続きを考えてすでに誠は空港に向かってるはず。バスも今の時間なら十分おきに着くし空港の最寄りまで三十分ちょっとと言ったところだろうか。

 早く行かないと間に合わなくなってしまう。大急ぎでバス停に行くとちょうどバスが来ていた。

 慌てて飛び乗るようにバスの中へ。空いてる席に座って息を整えると次第に頭も冴えてくる。

 早くついてほしいという焦りの中に少しずつ怒りも混じってくる。

「なんで、何も言わないのよ」

 窓の外を流れる景色を見ながらそう言葉が漏れた。

 この街には沢山の思い出がある。誠と二人で遊んだ記憶や怒られた記憶。悲しい思い出もあれば楽しいものもある。私が困ってるとき、誠がいつも助けに来てくれた。私にとって誠はヒーローのような存在だった。それがいつしか好きな人になっていた。

 バスに揺られている間、私はずっと誠のことを想い、会えた時に何を言うか考えていた。

 そうしているとすぐに空港の最寄りに到着した。

 バスから降りると同時空港へと駆け出す。今までこんなにも必死で走ったことなんてあっただろうか。

 そんなどうでもいいことを考えて空港へ走り込む。

「誠、どこだろう」

 何番ゲートかちゃんと聞いとけばよかったと今になって後悔している。

 今は十一時二十分。迷っている暇なんて一秒もないのでサービスカウンターにいる人に聞くことにした。

「あの!イタリア行きの十三時の便って何番ゲートですか?」

「え?あ、はい少々お待ちください・・・えっと、七番ゲートです」

「ありがとうございます!」

 お礼を言ってまた駆け出す。七番ゲートは割と遠い場所にある。間に合うといいのだが。

 そう思って必死に足を動かしているとアナウンスが流れた。

『イタリア行き十三時発一一六便にお乗りのお客様、七番ゲートより搭乗を開始いたします』

 ああ、搭乗が始まってしまった。鉛の様に重くなりつつある足を必死に動かしてゲートを目指す。

 すると見覚えのある背中が視界に入った。

「誠、まこと!」

 走りながら力の限り名前を叫ぶ。周りの人がこちらに目を向けているがそんなのはお構いなしに叫び続けた。

「まって!誠!」

「え、さくら?なんで・・・」

「あんたに、会いに、来たのよっ!」

 誠はこちらを見て止まったから私は何とか追いつくことが出来た。

 それでもずっと全力で走っていて息も絶え絶え、呼吸の仕方がよくわからなくなっていた。

「ゲホッゴホッ、ゴホッ!」

「おいおい、大丈夫かよ。というかなんでいんの?」

「お、お母さんに、今日、イタリア、行くってきい、て。慌てて、追いかけてきた」

 次第に呼吸も戻り話せるようになった。

 これで言いたいことちゃんと言える、そう思って誠の顔を見たのに、なぜだか言葉が出なかった。代わりに出たのは大粒の涙だった。

「え?!ちょ、おい。なんで泣くんだよ」

「だって、誠何も、私に何も言って、くれなかった。私は誠に話したいこと、あったのに、まことのばか」

「いきなり現れて泣いたと思ったら悪口かよ。悪かったよ、隠してて。お前には言いたくなかったんだ。言ったら見送りくるだろ」

「当たり前」

「そうなれば俺の決意が揺らぎそうだったんだよ」

 私の見送り程度で揺らぐ決意なんて所詮その程度ってことじゃない。

 心の中で突っ込んだが口からは嗚咽しか零れてこない。

 だが、搭乗はもう始まっていて時間がない。早く言葉にしなくては。

「あの、ね。誠、私ね、ずっと誠のことが好きだったんだ。本当は、昨日言うつもりだったんだけど、誠囲まれてたから、今日家に行こうと思ってたの。なのに、海外ってなによ。すごい焦った」

 私が言葉を切るとしばらく沈黙が続いた。

 不思議に思って顔をあげると誠が驚いた顔をしていた。

「あの、誠?聞いてる?」

「え、ああ。聞いてる。けど、なんか悔しいな」

「悔しい?」

「その言葉は俺から言うつもりだったのに先越された」

 え、それはどういう意味なんだろう。頭が追いつかない。

「本当はもっと強くなってからにしたかったけど、やっぱやめた。さくら、俺はお前が好きだ。俺と付き合ってほしい」

 聞き間違いではないだろうか。夢ではないだろうか。

 そう思って頬をつねってみる。

「痛い」

「ばか、夢じゃないし聞き間違えてもないから」

 こんなにも嬉しいことなんてあるだろうか。とびきりの笑顔で返事をしないと。

「もちろん。誠が帰ってくるの待ってる」

「ああ、いきなり遠距離になって悪い。でも気持ちは変わらないから」

 そう残して誠はゲートへ歩き出す。その背中はいつにもまして大きく見えて頼もしく感じる。

「誠、頑張ってね。私も頑張る」

 誠の隣に立って恥ずかしくないよう、私も頑張っていこう。

 その思いを胸に私も未来へ走り出した。


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あふれる思い 星海ちあき @suono_di_stella

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