第7話 ●退治 ~可及的速やかに
馬車が横転している場所に駆け寄ると、4名の男性が血を流して倒れていた。一人はカーゴ、二人は騎士団員、一人は御者である。
盗賊団に襲われた直後のようで、まだ血が温かい。確認したところあたりに盗賊団の姿は無い。
いずれも何か鋭い刃物で刺されたようで、顔に血の気は無く、腹部から血を流しており、各々の体を中心に大きな血だまりができていた。失血量はかなりである。
その凄惨な光景をみると、通常の人間であれば思わず息を飲み、その場に立ちすくんでしまうかもしれない。
だが、ノワールは顔色一つ変えることなく、こうした事態を予測していたかのように、自分がするべきことを行動に移した。
カーゴを含めた4名は、全く動くことはなかったが、生命反応があることをノワールはすぐに察知した。
そして、コンマ数秒という速さで、ノワールは針を各々の生命点に刺す。
すると、みるみるうちにカーゴたちの傷がふさがり、血色が回復した。
(良かった。間に合った。)
カーゴたちの傷がいえていくのを見て、さすがのノワールも安堵し、ほっとした表情となった。
治療を施したのち、ノワールはカーゴたち4人を街道脇の安全な場所に運んでいると、
「いけね、忘れ物しちまった。」
そう盗賊団のまとめやくが、そう言いながら、手下を連れて戻ってきた。
「あ?お前誰だ?」
まとめ役は、馬車のそばに立っている、全身黒ずくめでマスクをしているノワールを見て、あざ笑うように聞いてきた。
「通りすがりの不審者です。単刀直入に聞きます。こちらの馬車を襲ったのは、あなた方ですか?」
ノワールはまとめ役からの問いに、簡潔に答え、まとめ役に質問をした。
盗賊団の手には、カーゴの店の印が印字された袋がある。
それを見れば十中八九、この者たちが襲ったのは間違いないのだが、念のため確認した。
「ああ?そーだよ、お頭が一人でな、そこに転がっている、騎士団様もやっちまったんだよ。」
「騎士団って言っても口だけだよな。相手になんねーよ。」
「もうちょっと鍛えなおした方がいいんじゃねーの?」
手下たちが、下品な笑いを交えながら、まとめ役の武勇伝を語り、わかりやすく持ち上げ始めた。
「ああ、そうだ。これが証拠の品だよ。」
その言葉を聞いて気分をよくしたのか、まとめ役は悪びれることなく、手に持っている、カーゴから奪ったであろう袋を高々と上げた。
「それで、さっき襲った時に使ったナイフを回収するの忘れちまってな。それを取りに来たんだよ。」
通常、犯行に使ったものは証拠を残さないように回収するのだが、ずいぶんずさんな対応である。
それは、よほど間が抜けているのか、よほど力に自信があるのか、と考えられる。
先ほどの手下たちが語った武勇伝からして後者であろう。
襲われた4名の傷の切り口を見た時、すべて同じだったため、おそらく一人の人間に襲われた可能性が高い。
なので、手下たちが言っていたことはおそらく嘘ではなく、このまとめ役一人が騎士団2名も含めた4名を切りつけたのだろう。
そして、まとめ役を見てみると、傷一つないため、騎士団員も全く歯が立たなかったことがうかがい知れる。
(この男、確かに強い。騎士団よりは。)
ノワールはそう確信した。
だが、そう確信したとしても、特に臆することはなく、
「では、奪ったものは返してもらいます。」
ノワールがまとめ役に向かって足を一歩踏み出すと、4人の手下が、ノワールとまとめ役の間に割って入りノワールに襲いかかろうと構えた。
だが、一瞬何かが光った後、手下たちは襲い掛かろうとした構えのまま、全く動かなくなった。
そして、その手下たちの間を悠々と縫うように歩き、ノワールはまとめ役の目の前に立っていた。
「これは返してもらいますね。」
そういうと、まとめ役の手からカーゴ商会の袋をゆっくりと取り上げた。
まとめ役は、何が起こったのか一瞬理解できなかったが、
背筋にえも知れぬ悪寒を感じ、後ろに飛び去り、ノワールとの間に距離を開けた。
そして、まとめ役は自分とノワールの間に立ちはだかった手下たちに再度目を向けたが、
手下たちは、まとめ役に背を向けたままで、微動だにしない。
(いったい何が起こったんだ?あいつらはなんで動かないんだ?)
実は、手下たちがノワールとまとめ役の間に立ちはだかった時、ノワールがその間をすり抜ける際に、手下たちの神経に針を刺して麻痺をさせたためだった。
先ほどの一瞬の光はこの針が光に反射したものだ。
だが、その動きがあまりに素早かったため、この場にいた誰もその動作を目でとらえきれなかった。
しかもその針は、運動神経だけでなく、視覚や聴覚などのすべての感覚神経も麻痺させたため、今動けなくなった手下たちは、しゃべることも、見ることも、聞くことも、できない状態にいる。
「ちなみに、馬車に乗っていた人たちから奪ったのはこの袋のみですか?」
ノワールは何食わぬ顔で、淡々とまとめ役に質問した。
(いったい何が起きているんだ。オレが一瞬で間合いを詰められるなんて。オレは騎士団員も相手にならないほどの力があるんだぞ…。)
「おまえ!何をした!」
まとめ役はノワールを睨みながら大声でどなりつけたが、先ほどの余裕の表情はどこに行ったのか、その眼は明らかに恐怖で染まっていた。
「そういうの、どーでもいいので、わたしの質問に答えてください。この袋のみですか?」
ノワールは、まとめ役の質問を、どこ吹く風、という様子であしらい、再度質問した。
「あ、ああ、それがどうしたっていうんだ。」
ノワールは、躊躇なく再びまとめ役との距離を詰め、1メートルもないまでに距離を詰めた。
その大胆な行動に対して、まとめ役は反射的に短刀でノワールののど元に切りつけた。
その太刀筋の速さと正確さは、騎士団員を倒しただけあって、さすがである。
だが、残念にもその刃物がノワールに届くことはなく、手下たちと同じように、一瞬光がきらめいたのち、まとめ役も急にその動きを止めた。
ノワールが手下たちと同じように、神経に針を刺し、運動神経と感覚神経を麻痺させたのである。
「手の内をそう簡単に答えるわけ、ないじゃないですか。マンガの主人公じゃあるまいし。」
何も聞こえていないことをわかっていながらも、まとめ役に対してノワールはそうつぶやき、
「さて、仕上げに入りますか。」
ノワールは別の針を取り出し、まとめ役の後頭部に突き刺すと、針は吸い込まれるように消えていった。
ダイナーやカーゴの時のような癒しの効果ではない。
今回の針は、彼らが二度と悪事を働かないようにするための楔であり、人に害する行動をしようとすると体が硬直するものである。
ノワールは不殺を心情にしている。
どんなに相手が憎くても、どんなに相手が死に値するであろう行為をしたとしても、最終的に裁くのは自分ではない、と考えている。
悪事を働いたものにもそれなりの事情があるだろう。もしかしたら無いかもしれない。
しかし、すべてのことを知っているわけでもないのに、その人間が死に値するか、などと判断できるわけない。
だから、今回も盗賊団たちに楔を打ち込み、裁くのは然るべき司法機関に任せることとする。
楔を打たれる側は、今回のようにすべての感覚がマヒしているので、何をされたのか分からず、楔が発動し体が硬直した時も、「何かされたであろう」としかわからない、ということになる。
「ハイ、終了。」
ノワールは手下たちすべてにも楔となる針を刺した。
「あと1時間したら、動けるようになりますから。聞こえていないでしょうけど。」
まだ運動神経と感覚神経がマヒしているまとめ役に近づき、いたずらっぽく笑いながら、そうささやいた。
これから1時間、盗賊団たちは言葉では表すことのできない苦しみが続くことになる。
感覚神経がマヒしている間は、外界から隔絶された状態になっているので、暗闇と無音の状態が続き、助けを求めようにも声を出すことはできず、運動神経も麻痺しているので金縛りの状態が続く。
気がくるってもおかしくない状況である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます