飛脚とモノノケ

ヒトデマン

競争

 昔々あるところに、日の本一と呼ばれた飛脚がいた。そしてその飛脚は誰よりも早く、誰よりも長く走ることができるとして名を馳せていた。

 飛脚が仕事を終えて山道を帰っている途中、切り株に腰掛けていた怪しげな風体の男が、飛脚に声をかけてきた。


「なあお前さん。お前は誰よりもはやく、誰よりも長く走ることができるんだって?ひとつ、おいらとかけっこ勝負してみねえか?おいらに勝ったら、この小判をくれてやるよ」

「金に興味はないが、そこまで言うのは余程自分の足に自信があるのだろうな。いいだろう、日の本一の飛脚が誰なのかハッキリさせてやろうじゃないか」

「ようし、ここから次の駅家まで競争だ。初めの合図はお前さんが言うといい」


 飛脚は開始の合図を出すと、大地を蹴り、風を切って飛び跳ねるように走っていく。前に男の姿は無く、後ろを振り向いてもついてきている様子はなかった。


「なんだ、でかい口を叩いた割には全然ついて来れていないじゃないか」


 そして飛脚の視界に駅家が見えてきた。


「さては、あんまりにも速さに差があったもんだから臆して逃げ帰ったな」


 余裕綽々の飛脚が歩いて駅家に向かっていると、突然背後から男が現れ、一気に飛脚を追い抜いていった。駅家にたどり着いた男が勝ち誇って笑う。


「はっはっは!おいらの勝ちだな!」

「待て!?お前どんな手を使った!俺の速さに全然追いつけていなかったじゃないか!」

「んん〜?なんのことかな?何を言おうがおいらの勝ちには変わりないぞ。納得出来ないなら、もう一度勝負してやってもいい」

「……もう一度だ」


 飛脚は、この男をモノノケのたぐいだと察知した。常人なら恐れ慄いて逃げるところだが、飛脚はこの男をなんとしても懲らしめてやりたいという思いに溢れていた。


「始め!」


 合図とともに飛脚は走り出す。今度は後ろを振り返らず、また途中で歩くこともしない。


「どんな小細工を弄しようと、実力で叩きのめしてやる」


 目の前に次の駅家が見えてきた。男はまだそこにいない。速度を緩めることなく駅家にたどり着こうとする。その時、突然足をぐいっと引っ張られその場に転んでしまう。その直後、男が何もないところから現れたかのように飛脚を追い越していった。


「はっはっは!またおいらの勝ちだな!」

「まて!お前今、俺の足を引っ張っただろ!」

「知らないよ〜?お前さんが勝手に転んだんじゃないの〜?そこまでいうのなら、さ。またまた勝負してやってもいい。まあ今度もおいらが勝つと思うけどね」


 余裕綽々の男に対し、飛脚は無言のまま走りの構えを取る。


 そして三度目の合図がなり、飛脚は全速力で走り出していく。体はほてり、飛脚から滝のような汗が流れ出ていった。と、その時男の目に水の湧き出でている泉が目に入った。


「熱くてたまらん。アイツは来ていないし少し入っていこう」


 そう言って飛脚は泉に飛び込む。体の火照りを水で冷やしていると、ポコポコと泡が泉から浮かんできた後、男がぷはぁと空気を求めて水の中から飛び出してきた。


「何をするんだ!おいらを溺れさせる気か!」

「お前こそ、なんでさっきまでいなかったのに泉から現れたんだ?」

「……あ!」

「やはりモノノケのたぐいだったか。泉に体を浸けたとたん出てきたということは、さては貴様俺の体に取りついて楽をしていたのだな」

「バレてしまってはしょうがない。そう、お前さんの体に張り付いて駅家の直前で離れて走っていたんだ。日の本一の飛脚とやらをからかうためにね。でも小判は渡さないよ。だって勝負には負けてないんだから」


 男はしてやったりという顔で飛脚を見る。


「ああ、俺は勝負には勝っていない。だがお前、俺の体に張り付いていたと言うことは、この俺に荷運びの仕事をさせたということなんたぞ?」

「へぇ?」

「仕事の代金、キッチリ払ってもらおうか!」

「ひええええぇぇぇ〜〜〜!!!!」



 昔々ある山中に、旅人に取り憑いてイタズラをするもののけがいた。しかし、自分は飛脚だと唱えると途端に離れ、逃げ去ってしまうのだとか。

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飛脚とモノノケ ヒトデマン @Gazermen

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