~参道を走る少年

あいる

第1話~少年が伝えたかったこと

 出産を控えて、実家へ帰ることを決めた私は転勤族の父の新しい赴任先熊本へと向かった。

 二人目の出産ということで、仕事が忙しく帰りも遅い旦那に上の子の世話を頼むこともできず、かといって都会嫌いの母親を狭いアパートに迎えることも躊躇ためらわれた。


 実家とはいえ、私が育ったのは福岡県で、熊本は旅行で訪れたことはあるが、ほとんど初めてといえる土地で故郷という感覚はほとんどない。それでも緑が多く人々の心根の優しさは感じていた。


 二人目の出産は、思ったより軽くもうすぐ一ヶ月になる初めてのともうすぐ四歳になる上の子 海斗かいとを連れて週末には大阪へと帰ることになってる。


 市内から少し外れたこの町はのどかで、空気も美味しく産後の私はたくさんのパワーをもらった。


 産婦人科と小児科の最後の検診日、海斗を母親に預けて、実花を乗せたベビーカーを押し散歩しながら歩く。


 出産前から散歩がてらに毎日のように近くの神社へお参りへ行くのが日課になっていて、明日には帰ることを伝えようと神社の前でベビーカーをたたみ両手でふわふわと柔らかい幼子をそっと抱いた。


 木漏れ日がキラキラときらめく道を歩いていると、神社から走ってくる小さな男の子が見えた。


 キョロキョロと周りを見回しながら不安そうな顔をしたその男の子が気になり声をかけた。


「坊や、一人?お母さんは?」


 恥ずかしそうにうつむく男の子の前でしゃがんで、顔を見ながら話かけると、今にもこぼれそうな笑顔で私の目をしっかり見た。


「お名前は?」


 少し困ったような顔をして小さな声で答えた。


「しょうた」



 歳は海斗と同じくらいだろうと思いながらなるべく優しく声をかけた。


「しょうた君は何歳なのかな?」







「さんさい、もうすぐよんさいになるの」


 私の長男、海斗も来月には四歳になる。


 小さな子ども一人だけでいることに違和感を感じるけれど、迷子なのだろうと話を続けた。


「お母さんはどこにいるのかな?おうちはこの近く?」


「ううん」

 そう言って口をつぐんだ。


 困ったなと思いながらも、このまま置いて行くわけにもいかず、左に実花を抱いて右手で小さな手を引いた。


「大丈夫だからね、おばちゃんがお母さんを探してあげるから」


「ほんとうに?」


「ほんとだよ、ほんとにほんと」


 キラキラとした丸い目をこちらに向きながら、私の手を握り返した小さな手は温かくて、守ってあげなければと感じていた。



 不意に私の手を離したしょうた君は神社の方に向かって走りだした。


 私は走り出すことも出来ずに、参道を眺めながら後ろから追いかけた。


「しょうた君!危ないから走らないで!──」



 私の声にしょうた君は振り向いて私に向かって手を振った。


 その姿が私が最後に見たしょうた君だった。


 一本道なのに、どこにもいなくて私はあやかしでも見たのかと思いながらも、小さな温かい手の感触を残す手を合わせて鈴緒をそっと鳴らし出産のお礼と二人の子どもの健康や家族の幸せを祈り神社を後にした。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 大阪へ帰った私は子育てで毎日を忙しく過ごした。


 四歳になった海斗は最初こそ新しく生まれた妹にヤキモチを焼いて赤ちゃん返りをしていたけれど、今では小さなパパのようにミルクを飲ませたり、泣いたらあやしたりしてくれる、さすがにオムツ換えは苦手らしく「ママ、みーちゃんウンチしたみたい」と慌てて伝えにくる。



 そんなある日の夜に、私は夢を見た。


 あの日会ったしょうた君が出て来て私を手招きしている不思議な夢だった。


 さすがに同じ夢を何度もみると気にかかった。


 今年から通い始めた海斗の幼稚園のママ友の優子さんに相談してみた。


「九州の熊本?」


「うん、そこで会った男の子なの」


「もしかして、たたられてるってこと?」


「──そうじゃないとは思うんだよね、夢の中でニコニコ笑ってるし」


「私の遠い親戚に霊媒師さんがいるから、一度聞いてみようか?」


 そんなふうに言ってくれたので、お願いすることにした。


 ❋❋❋


 一週間後のランチタイムに近くのカフェに現れたのは予想もしていない感じの優しそうで普通の主婦だった。


 その店の看板メニューの日替わりランチを食べ始めてすぐに、彼女は私に言った。


「熊本の神社でお願いしたのよね、きっと守ってくれていたのだと思う、それはこの土地の氏神さまからのお願いだったからね。それにしてもここのオムライス美味しいわね」


 上品にスプーンを動かしながら霊媒師さんは言った。


「その子は、この土地の氏神さまにも、ちゃんとお礼参りをして欲しいと言ってるみたいなの、祟りとかじゃなくてそう教えてくれたのよ、たまに来ていたあなたに付いて行ってたみたいだね、確かにしょうた君はもう生きてはいないけど、愛されていたみたいよ」


 確かに、熊本に行く前にこの土地の氏神さまにお参りをしていた、あれから二人の子育てに追われて、一度も行けていない。


「ちゃんとお礼参りをすれば大丈夫だからね」とその話はそこで終わり、子育てのことや新しいドラマの話で盛り上がった。



 次の日に、海斗も連れて神社へと向かった


「松原町二丁目3の6の川崎です、そして息子の海斗と娘の実花です、お礼参りが遅くなってすみませんでした、お守り下さってありがとうございました、そしてしょうた君がお母さんに会えますように」


 鈴緒を海斗と二人一緒に鳴らし丁寧に挨拶をして神社を後にしようとしたら、近くのクヌギの木の後ろから、小さく手を振るしょうた君の姿が一瞬見えた気がした。



 伝えてくれてありがとう、しょうた君。と心の中でつぶやいた。


 海斗の七五三、この神社でお祝いして貰おうと思いながら家路についた。





~おしまい~

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~参道を走る少年 あいる @chiaki_1116

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