11話――知らない間に『契約者』でした。
私は今アルクさんの書斎に呼ばれている。
目の前にいるアルクさんは、いつものニコニコ笑顔ではなく硬い表情をしている。
私の後ろ、書斎の扉の前にはレンくんが立っており、こちらを見守っているようだ。
「えみ」
「はい」
「ルファーから、厨房でえみが精霊の力を使っていたと報告があったのだが、それは本当?」
「えっと…」
説明に困っていると、ワサビちゃんが私の前へと飛び出した。
「違います! えみ様が命令したのではありません。ワサビが勝手に使ったのです!!」
両手を広げて、まるで私を背中に隠してくれているようだ。
実際は私の方が何十倍も大きいから隠れられはしないのだが。
必死に訴えてくれている姿にぐっときた。
「ワサビちゃん……」
アルクさんがワサビちゃんに視線を落とし、再びこちらへ戻ってくる。
彼にはワサビちゃんが見えているようだ。魔力を持っているということなのだろう。
因みにレンくんも魔力持ちで、ワサビちゃんが見えているらしい。
……魔力持ち、けっこういるんだね
「ワサビと言うのは、その子の名前?」
「はい。名前が無いと言っていたので、私がつけました。お友達になれればいいと思って」
「そうか」
アルクさんが、メイドさんにお茶を持って来るよう言い付けた。
ワサビちゃんは私とアルクさんの間で仁王立ちしている。守ろうとしてくれているようで、頬が緩んでしまう。
やがてティーセットが運ばれると、メイドさんがお茶をセッティングしてくれた。
彼女が下がると、それを一口飲んでアルクさんが口を開く。
「いきなり呼び出してすまない。少し混乱した」
「いえ。…あの、私がしたことは何かいけなかったのでしょうか」
「そうだな…ちゃんと説明しておくべきだった」
この世界は、創造神『女神ミランツェ』が作ったとされ、『女神の代弁者』と言われる四体の聖獣によって護られていると伝えられている。
聖獣はそれぞれ火、水、風、土の魔力を持ち、その下にそれぞれの魔力に属した精霊がいるのだそうだ。
因みに、ワサビは風の魔力を持つ精霊だ。よって彼女の上司は風の魔力を持つ聖獣ということになる。
基本的に聖獣や精霊は人間の世界に干渉しない。人からすれば、精霊=自然界という扱いだった。
しかし、魔力を多く保有する人間の中には、精霊の力を行使する者があった。
精霊の力を行使するために交わされるのが『契約』ということになる。
ただ、契約を結ぶ為には国立の魔法学校を卒業し、王宮付きの魔術師となり、修行を重ね、国王の許可を得て……と、様々な手順を踏む必要があり、普通の人間にはまず出来ない。そもそも、その契約する精霊と同等かそれ以上の魔力を保有していなければまず無理なのである。
中には特例もあるそうだが、ここ千年程は認められた例がないらしい。
魔力量だけでなく、その精霊との相性も重要視され、お互いの魔力を交換するという儀式も必要だということだった。
「私が迂闊だった。えみの不思議な魔力を感じた時にきちんと話しておくべきだった」
「あの、よくわかっていないのですが、私はワサビちゃんと一緒にいてはいけないということですか?」
「えみ、精霊に名前をあげたね」
「はい」
「それが、精霊と契約を交わすということなんだよ」
「契約……ですか?」
「そう。『契約』だ。つまり、ワサビはえみに魔力を差し出す。えみは『ワサビ』という名を与え、条件の元その精霊の主人となる。それが一生涯続くんだ。途中で契約が破棄されたり、無効になった例はない」
「一生涯」
「そう、死ぬまでだ。すでにふたりの間には契約が成立しているようだから、もう離れることは出来ないだろう」
私は改めてワサビちゃんを見つめた。ワサビちゃんは嬉しそうにこちらを見ている。自然と頬が緩む。
「良かった。ワサビちゃんと一緒に居られるならそれでいいです。……でも、条件ってなんですか?」
「それは契約者どうしで交わすものなんだが……」
「私はえみ様のご飯が食べられれば何でもいいです」
「私はワサビちゃんとお友達でいられればそれで」
これでいいのかな?
お互いが納得していれば、条件が整うことになるのか。
更に疑問点が浮かび上がる。
「でも、私は儀式なんてしていません。魔力はあるにしても、魔法なんか使えないのに、どうして契約は成立したのでしょう?」
アルクさんがうーんと唸ってしまった。
そこがわからないのだそうだ。
ワサビちゃんもその辺はよくわからないらしい。
追い討ちを掛けるかのように、レンくんが素直な疑問を口にする。
「えみは学校も行っていなければ、王宮付きの魔術師でもない。異世界から来ているからはっきりした身元もない。手続きなんかまるっとすっとばしてますけど、大丈夫なんですか?」
アルクさんがますます頭を抱えてしまった。困った顔でこめかみをぐりぐりしている。
これはバファリンもお手上げだよね。
「何かの罪に問われますか? 知らなかったと言えば許して貰えるものなのでしょうか……」
だんだん恐ろしくなってきた。
勝手な事をした罪で牢獄行きになったりでもしたらどうしよう。
アルクさんやレンくん、このお屋敷の人達まで迷惑をかけてしまうかもしれない。
「そんなことにはさせない!」
「「え?」」
レンくんが声を上げた事に驚いて、アルクさんとハモってしまった。
ワサビちゃんも意外だったのか、丸い目を更に丸くして彼を見ている。
レンくんはバツが悪そうに頬をポリポリしている。
「いや……アルクさんがどうにかしてくれる」
「そこは私に丸投げなのか」
アルクさんが苦笑しつつ私に向き直る。
「だが、レンの言うとおり、王宮には掛け合う。幸い私にはつてもあるから、大事にはさせない。えみとワサビのことはきちんと守るから安心して」
そう言って、いつもの暗殺級スマイルをかましてくる。私が赤面するのは不可抗力だ。
「ただひとつ約束して欲しい」
私とワサビちゃんは姿勢を正してアルクさんを見つめた。
「えみ。君はこれから狙われる可能性が出てくる」
「え?」
思いもよらない言葉に絶句する。
「精霊の力と言うのは、人間にとって目も眩む財宝のような物だ。当然それを手に入れたがる輩もいる」
アルクさんの言葉に頷くしかない。
「もちろん危険が及ばないよう努力はする。が、えみにもリスクを減らす為に、屋敷の外では極力精霊の力を使わないようにして欲しい」
そして、私の前、テーブルの上で正座しているワサビちゃんへと視線を移す。
「ワサビもだ。緊急時、やむを得ない場合以外は力を使わないようにして欲しい。それが今出来る最善策だ。出来る?」
「わかりました! お任せください」
小さな体で胸を張り、目には決意の炎が灯っている。
アルクさんにもワサビちゃんの意気込みが伝わったようで、優しい笑みを浮かべていた。
「ひとまず話は終わりだ。私の方でも調べてみるから、普段通り生活してくれて構わないよ」
「はい。ありがとうございます」
「じゃぁピクニックに出掛けようか」
「え? 連れて行って貰えるのですか?」
てっきり中止かと思っていた。
「約束だったからね。それに、出掛けるのは我が家の私有地だ。力は使わないようにして貰うけどね」
アルクさん自身ピクニックを楽しみにしてくれていたようだ。
ナッツのクッキーを諦めずに済みそうだし、何より朝から大変な思いをして準備したお弁当が無駄にならなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
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