9話――精霊って体の割りに大食いなんですね。
今日の朝も早い。
何せ異世界初のピクニックだ。
大人数で出掛けるから、お弁当も沢山作らなければ。
サンドイッチとおにぎりは、結局どちらも作る事にした。
どっちかなんて決められる訳が無かったのだ。せっかくならどっちも食べて欲しいもんね。
卵サンドと、ベーコン、レタス、トマトのBLTサンド、おにぎりは鮭と梅干しの二種類ずつ用意をしようと思っている。
おかずはやっぱり定番のから揚げと卵焼き。卵焼きは、甘め派としょっぱい派に分かれることが多いから悩むところだ。
あとは、個人的に好きなミートボールも入れたいなぁ。
うきうきしながら厨房へ入る。
まだ誰も来ておらず、朝日がチラチラ射し込み始めてはいるが薄暗い。
なんとなく気になって、窓の側のかごへとこっそり近付くと、中で何かが動いた。
はっとしてそーっと近付く。
いた。
レンくん曰く精霊だ。
夢中で食べている背中をじっと見つめた。
半透明の羽根がとても綺麗だ。光の加減で虹色に見える。
そしてうっすらとだが、全体が光って見えた。
子供の頃に絵本で読んだ妖精そのもので、緩くウェーブのかかった髪が人形のようだ。服はワンピースっぽいから女の子だろうか。
精霊は今日も果物を食べているようだ。果物好きなのかな。
昔、友達の家で飼われていたハムスターを思い出してクスクス笑ってしまった。
その声に気付いたのか、精霊がばっと振り返る。やっぱり目が合う。
「待って! 食事の邪魔をするつもりは無かったの」
そう謝ると、精霊はキョロキョロと辺りを見回して、もう一度私の顔を見た。
「そう。あなたに言ったのよ。私には精霊さんの姿が見えるみたいなの」
驚いた顔でこちらから目を反らさないまま、ごきゅりと喉を鳴らして口の中の物を飲み込んだ。
「私はえみ。少し前からここのお屋敷でお世話になってるの。あなたは?」
精霊は固まってしまったかのようにピクリとも動かない。
もしかして、話し掛けてはいけなかっただろうか。
「あ、ごめんね。邪魔だったね。お詫びにこれあげるね」
昨日のマフィンを差し出した。また会えるかもと思い、いくつか残しておいたのだ。果物を食べていたから、好きなのかと思い、たっぷり混ぜ合わせた方をあげることにした。
「私が作ったマフィンていうおやつだよ。気に入って貰えるといいけど」
かごの中の少し離れたところへ置いた。
「私はこれからお弁当を作るから、もし気が向いたらまた遊びに来てね」
お話したかったけど、急に知らない人に話し掛けられたらビックリするし、困るよね。
そう思ってかごに背を向けた。
さぁ、下ごしらえをしなくては!!
腕まくりをしていると、「名前は無いんです」と、小さな声が聞こえた。
振り返ると、すぐ後ろの台の上に精霊が立っている。
口の回りにしっかりパン屑がついているから、マフィンはきっと食べ終わったのだろう。
自分の体程の大きさのマフィンをあの一瞬で!?
と、面食らってしまったが。
「私たち精霊は風や草木と一緒で自然そのものだから、一人一人に名前は無いんです」
そう話してくれた表情はどこか寂しそうに見えた。
「そうなんだ」
でも他の子たちと一緒にいる時、名前がないと不便だよね。
「ねぇ、私がつけてもいい?」
そう提案するとポカンとした顔で私を見上げてくる。
「だめ、かな?」
「え…でも……良いのですか? 私なんかで」
「うん。あなたさえ嫌じゃなかったら」
精霊の表情がみるみる花が咲くように綻んでいく。
「ありがとうございます!」
「じゃぁ、ワサビ。今日からワサビちゃんね」
「ワサビ。私の名前……」
もちろん友達のハムスターの名前だったのだが、それはあえて言わなくてもいいかな。感激してうるうるしちゃってるし。
「よろしくね、ワサビちゃん」
「はい! ご主人様」
ご主人様とな?
疑問に思っていると、ワサビちゃんはふよふよと飛んで来て、私の右手の中指の先にキスをした。
可愛いなぁと深く考えもせずに、新しく出来たお友達とお弁当の準備を始めた。
ここでも私は気付かぬうちにやらかしていたのだが、異世界のルールなんて知らない私は鼻歌なんて歌いながら、呑気にから揚げ用の肉に下味をつけてもみこんでいたのだった。
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