月と恋人
鹿島 茜
ミストレス
空にふわりと浮かんだ満月を眺めて、去っていったあの人を思い出す。
美しくて、蠱惑的で、赤い口紅の似合う人だった。どうして僕のことを愛してくれたのか、今でもわからない。気まぐれに僕を愛して、気まぐれに僕を抱いて、消えていった。
ハイヒールが似合うくせに、ローファーをはいていた。スニーカーの日もあった。どうしてヒールをはかないのかたずねると、「疲れるからってだけよ」と笑っていた。それなのに、僕を抱く日はハイヒールだった。タイトスカートからのぞく細い脚が、僕をたまらなく誘惑した。
どうすれば彼女を独占できるか、必死で考えた。考えても考えても、いい考えは浮かばなかった。どんなにキスをしても、羽根がはえたように逃げていく。その軽さを僕は愛した。いついなくなってしまうかわからない危うさが、僕を夢中にさせた。
月が好きだった。ベッドから満月を眺めるのが、彼女の好きな時間だった。まぶしいくらいの月の光が彼女の身体を照らしているのを、今でも鮮やかに思い出す。彼女の身体は白くてきれいで、とても柔らかかった。月光浴の似合う人だった。
僕は彼女が好きだったのに、彼女は僕のことを一度も好きだとは言わなかった。それでもよかった。遊ばれている気はなかったけれど、本気でもなかった。だからこそ、彼女が好きだった。
白い満月を見ると、決まってあの人を思い出す。恋人でもなく、愛人でもなく、なんと形容すればいいのかわからない、不思議な蝶のようなあの人を。
ミストレス、と呼ぶにふさわしい。そんな美しい人だった。
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