ルルンおばさんの日常

たかしま りえ

第1話 ルルンおばさんがやって来た

 ある秋の日のことでした。空き家になってもう何年も経つその家に、大工の吾郎さんの姿がありました。おしゃべり好きのパン屋の一子さんは大工の吾郎さんに声をかけます。

「吾郎さん、この家に誰か住むことになったのかしら?」

「ああ、もう少ししたらルルンおばさんがやって来るよ」

「ルルンおばさん?」

「そう、いつもルルルンって歌っている陽気な人だよ」

「あら、それは良かったわ。賑やかになるわね」


 数日後、大きなトランクを一つ持った肌の黒い女性が一人でその家にやってきました。

「まあ、素敵な家だわ、ルルルン」

 ルルンおばさんはニッコリ微笑みました。

 その様子を少し離れたところで見ていた一子さんは一目散にルルンおばさんに近づいていきます。

「こんにちは」

 いきなり挨拶をされたルルンおばさんは少し驚きましたが、すぐに一子さんに笑顔を見せました。

「こんにちは、初めまして。ルルンおばさんと呼んでください」

「パン屋の一子です。よろしくお願いしますね」

 二人はすぐに仲良しになりました。


 一子さんは自分で焼いたパンを持ってルルンおばさんの家に遊びに来ました。

「一子さんのパンはとても美味しいですね」

 ルルンおばさんは本当に美味しそうな顔で言いました。

「ありがとう。ところで、ルルンおばさんはどうしてこの街に来たのですか?」

「この家は私のお父さんの家です」

「えっ、あのおじいさんの娘さんだったのですか?」

「はい、そうです。二歳の時に両親が離婚をしたので、それ以来会ってはいませんでしたが」

「そうだったの。この家のおじいさんはとっても優しい人だったわ」

「そうなのですか?」

「ええ、子どもの頃、この家の柿の木に実がなるとお友だちと一緒に縁側でご馳走になった思い出があります」

 一子さんは庭の柿の木を指さしました。

「あら、実がなっているわ、ルルルン」

 ルルンおばさんは縁側から庭に出て、柿の木を見上げました。一子さんも後から追いつきます。

「もう少しで食べごろかしら」

 ルルンおばさんは嬉しそうに言いました。

「楽しみですね」

 一子さんも笑顔で言いました。

 そこに散歩をしていた三智子さんを一子さんが見つけました。

「あら、三智子さんだわ。三智子さんこっち、こっち」

 一子さんは大声で三智子さんを呼びました。

「一子さん、こんにちは」

 三智子さんが近づいてきます。

「この家に越してきたルルンおばさんよ。ここのおじいさんの娘さんですって」

「そうですか。こんにちは。私は用があるのでちょっと失礼しますね」

 三智子さんは忙しそうにとっとと行ってしまいました。

 一子さんは少し戸惑ってしまいました。だって、いつもならどんなに忙しくしていてもお嫁さんのことやお孫さんのことについて沢山話をしてくるのですから。


 一子さんはルルンおばさんの家を出ると、三智子さんの家に向かいました。

 三智子さんは息子さん一家と一緒に暮らしています。一緒と言っても息子さん家族は母屋で、三智子さんは離れに一人で生活をしています。

「三智子さん、いらっしゃる?」

「は~い」

 三智子さんはいつもの調子で一子さんを部屋に上げると、保育園に通っているお孫さんの話を始めました。

「それでね、女の子だからかわいい洋服が欲しいって言ってね・・・」

「あらまあ、・・・」

 お孫さんの話がひと段落したので、一子さんはルルンおばさんのことを聞いてみました。

「三智子さんはルルンおばさんのことを知っていたの?」

「ちょっとだけ、話を聞いたことがあったけど・・・」

 どうにも言い辛そうでした。

「聞いてはいけないことなのかしら」

「そうではないのだけれど、あの人のお母さんは外国人だからみんなが結婚に反対をしてね。仲間外れにしてしまったの」

 三智子さんは話し難そうに俯いて小さな声で話を始めました。

「そんな、どうしてよ?」

 一子さんはちょっとだけ怒った顔で言いました。

「昔はそうだったのよ。特にここは田舎だしね」

「だからって、三智子さんも外国人のお嫁さんには反対だったの?」

「そうね、その方と仲良くお話をしたことはなかったわ」

「どうしてよ」

「だって、みんながそうしていたから・・・」

「みんなで追い出したようなものじゃないの。可哀想に」

「・・・」

 三智子さんは何も言えずに下を向いてしまいました。

「ごめんなさい。三智子さんだけが悪いわけではないのに」

 一子さんは少しきつく言い過ぎたと反省をしました。

「いいのよ。五十年以上前の話だから・・・」

「学生だった三智子さんにはまだ分別がついていなかったのね」

「分別?」

 一子さんは優しく諭すように話します。

「そう、何が良くて何が悪いのかの分別がついていなかったのよ。道理が分かっていないと知らないで人を傷つけてしまうことってあるもの」

 一子さんの言葉に三智子さんはハッとします。

「私は人としてやってはいけないことをしてしまったのね。あの方のお母様にはとても悪いことをしてしまったわ。もっと、仲良くしてあげればよかった」

「でも、三智子さんだってまだ子どもだったのだから仕方がないわよ。それに、これからルルンおばさんと仲良くなればいいのだから」

 一子さんは明るく言いました。

「許してくれるかしら」

「ルルンおばさんは許してくれるわ。私が保証します」

 三智子さんに笑顔が戻りました。

「だったら今すぐにお野菜を持って、ルルンおばさんの家に行きましょう」

 二人は揃ってルルンおばさんの家に向かいました。

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