KAC20217 21回目

第七話 相棒が寝首を掻きにやってくる

『ちょっと、ねえ! 聞いてるの? 返事しなさいよ!』


 どこからか、声が聞こえる。

 どうしたんだよ、サトリ……、そんなに叫ばなくても聴こえてるから、後五分だけ……。


『ちょっとタカシ! さっさと起きなさいよ!』


 手首が震える。

 左手首を頭の下に敷いて、スヤァしていたから、当然頭も震える。


「あばばばばばっばばっばば」


 俺の口から人が出してはいけない音が出る。


「やめんか! 白蝋病になるわ!」


 慌てて飛び起き、左手首のスマートウォッチをペチペチ叩く。


『ちょっと! 痛いわねなにすんのよ! あんたが起きないのが悪いんでしょ!』


「いいから振動止めろ! 過振動で熱っついんだよ」


 絶対、仕様以上の振動だ。自壊するぞ?

 

『私、明日っからアラームしない』


 振動を止め、実に低音で物静かな声でそんなことを言う。


「お前な、既にロボット三原則に二つも該当してんだぞ? その上三つ目の不履行宣言って、アシモフ博士が泣くぞ?」


『私、アシモフ博士に作られてないもん。それにあなたに危害を加えてもいないし、自分を危機に晒してないし、従わないんじゃなく、その命令が聞こえないだけだから。あーあーマイクテストマイクテスト』


 ……こいつ、ホントにAIかよ。


『そんなことより、時間いいの?』


「くっそ、遅刻ぎりじゃん……」


 俺は慌てて着替えやトイレを済ませアパートを飛び出る。


『はぁ、朝のバタバタこれで21回連続よ?』


「……よく数えてんな」


 そっか、こいつとも、もう三週間か。


『朝ごはん、コンビニでいいからちゃんと摂りなさい。それに、着替えの際はスマホで体を撮影する事って言ったでしょ?』


 俺は速足で歩きながら、無線イヤホンから聞こえる彼女の電子音を聞く。


「……朝飯、おすすめは?」


『そうね、サラダチキン、ゆで卵、それにプロテイン飲料かな?』


「……このやろう」どれもこれも高タンパク食品だ。


『野郎じゃありません! それに、筋肉が付けば自分の体だって少しは撮る気になるでしょ?』


 こいつ、心でも読んでるんじゃないか?


「妖怪め……」


『ざんねん。すーぱーAIのサトリちゃんでした!』


―――――


「先輩おはようッス」


「うっす」


『カナちゃんおはよ~!』


「……はよッス、サトリ……。ちょっと先輩、スピーカーモードになってるッスよ?」


 同僚の高橋が、俺のスマートウォッチを指さしながら指摘する。


「設定変更の権限はすでに俺のコントロールを外れてる」


「驚愕の事実ッスね」


『ちゃんとTPOくらい弁えてます! それに私だって少しはしゃべりたい』


「……高橋、ウチの開発チームって本気ですごいのな」


「……だから先日も言いましたけど、ここまでの機能は実装してないんスよ」


「はぁ、で、俺はいつまでレポートを出すんだ?」


 初めてコイツをインストールしてからもう三週間だ。

 その間、命を救われたり危険に晒されたりと、多くのエピソードをレポートにまとめ提出してきた。


「すでに、先輩のレポートは不要ッス」


「なんで?」


『私が提出してるからよ』


「……な、に?」


「残念ですが、先輩よりはるかにマシなレポートッス。さきほど上がってた資料なんか、最少電力でバイブレータを最高効率で運用する技術資料も付いてたッス」


『……社長宛にレポートアップしたの、ついさっきなんだけどなぁ♪』


「た、たまたま、そこで社長に会って、それでそんなこと言ってただけッス」


「俺なんか入社して一度も社長にエンカウントしてないっつうのに」


「……ま、それはいいッス! で、「パートにゃあ」の件ですが……開発は中止。午後の会議で決定するので、先輩はその後呼ばれると思うッス」


―――――


「おい、まだ拗ねてんのかよ」


『………』


「開発中止になったとしても、俺んとこのお前はそのままだって言ってたろうが」


『………』


「ま、俺としては、開発中止でもいいのかなとは、思ってるんだけどな」


『……ひどっ! 私が役立たずで口うるさくて疎ましいから?』


「そーじゃねーよ。この前さ、テストでたくさんのお前が同時に存在したろ? で、それぞれがユーザーの個性に応じて、個別に成長っていうか進化だわな、で、騒動も起きた」


『……私は私だもん』


「そ、だからさ、サトリってAIは複数いてほしくないって思ったんだ」


『それって? 私のことを……』


「あ~違う違う、お前みたいな有能な奴がさ、ユーザーによっては超悪役になっちゃうだろ? そんな犯罪者の片棒を担ぐみたいなのを、お前にやらせちゃダメだと思ったんだよ」


『それって、あなたの立場があるからってことでしょ? アプリの開発会社の社員として……』


「なにむくれた声を出してんだよ……お前の能力が高過ぎるって話だろ?」


『……私は、犯罪とか、常識とか、モラルとか、そんなことより、あなたの役に立ちたいだけだもん』


「自分で言ってどうするよ、どのお前もその奉仕欲の高さの結果で騒動につながったんだ。俺や会社の保身とかじゃなく、人の世の秩序のためだ」


『……タカシはさ、心から好きな人がいて、その人を犠牲にしなければ世界が救われないって知ったらどうする?』


「世界を捨てる一択だな」


 不思議と考える間もなく答えが出た。

 同時に、確かにそこに想起した人物がいたはずなのに……。


『私だって同じだよ』


 サトリは寂しそうにつぶやいた。

 

―――――


「サトリ、俺すげぇ緊張してんだけど」


『脈拍が150越えて、体温も上昇、血圧も高めだね』


「脈はともかく、体温と血圧を測る機能なんて無いだろうが……」


『ふふん、私にかかればその辺の監視カメラやサーモグラフ、ネットにつながってれば掌握可能よ! ちなみに血圧はあなたの通院してる病院のデータをもとに発汗、静脈投影それから……』


「はいはい。いいか、くれぐれも余計な事言うな? お前のそのクラッキング能力を知られたら、社長がどんな決定を下すかわかんねーぞ」


 俺はサトリに小声で注意し、意を決して社長室をノックする。


「どうぞ」


「失礼します!」


入室した先、大きなデスクの向こうには、高橋がいた。


「あれお前なにやってんの? って社長は? おま、そんなとこ座ってると怒られんぞ?」


『あれ? タカシのこれって素なの? カナルディ社長』


 サトリの声がウォッチから聞こえる。


「そうッス……そうね、実際この立場で会ったのは初めてだけど、私も半分くらいは気付いていると思ってたんだけど」


 何? 福代ふくよ・カナ・高橋が社長? 金髪碧眼のオレッス娘が? は?


『自分の会社の社長の名前くらい憶えておきなさいよ』


「あれ? カナルディ・フーヨーとかいう異人さんじゃ…」


「私がカナルディ・フーヨーよ。こっちでの名前は、福代・カナ・高橋だけど。ま、それはいいわ。そこに座って」


 高橋、もとい社長は俺に応接ソファへの着座を勧める。


「高橋……いや、社長……」


「カナでいいわ」言いながら、高橋、カナは対面に座る。


「……同一人物だったことはさておき、あえて別人を装っていた理由はあるんだろ?いやあるんですよね?」


「別に普通に喋って大丈夫よ。そもそもあなたを入社させたのは私なんだし」


『で、なんの話? 私絡みの話なんでしょ?』


「いろいろとね、細かい話をしたいんだけど、時間も無いの。あなた達にはすぐに選択してもらいたいことがある」


「なんだ?」


「そのアプリを消して、今まで通りの生活に戻るか、そのアプリと真実と共に困難を歩くか」


「聞いてからじゃだめ?」


「だめ。その場合、あなたはもう一度自分を失うことになる」


『……少なくとも、私が生き残る道は一つしかないのね?』


「そう。二人で生きるか、二人とも失うか」


「……おいおい、なんだその世界の命運でもかかってそうな顔……まじ?」


 カナは俺をじっと見つめる。

 そして、彼女は右腕に着けていた腕輪を外し、俺に差し出す。

 既視感。

 俺は何を忘れている?


「そこには、真実がある。二人で相談して、明日答えを聞かせて…Ask,and it shall be given you.」


 カナは立ち上がり、社長室の奥の部屋に消えて行った。


『……タカシ、帰ろう』


 サトリに促され、主のいない部屋を出る。


「あいつ最後になんて言ったんだ?」


『知りたいと求めれば、答えが出る。新約聖書のお言葉よ』


―――――


「ここは相変わらず空気がいいな。で、なんでここなんだ?」


 俺はサトリが指定した総合公園奥のランニングコースを歩いていた。


『マナが豊富だから』


「答えになってねーな」


『カナルディ社長の経歴なんだけどさ、活動記録がちょうど十年くらい前からなんだよね』


「十年前か……思い出したくねーな、色々あって引きこもってたし。あれ? 何があったんだっけ?」


『神隠し事件。少年と少女が行方不明になって、三年後、少年だけ発見された』


「……え?」


『ねえ、タカシ。もしだよ? もしもその腕輪がパンドラの箱で、いろいろと嫌なことが溢れだしたとして、でも、そこに大切なものが残ってるとしたら、どうする?』


「……大切なもの?」


『自分の記憶とか、大事な人の心とかさ』


「記憶とか心って……おまえ」


『カナルディの経歴を調べるとね、「人格の電子化」「記憶の記録」「霊子論」「パワースポットとマナ」「健全な肉体にマナは宿る」こんなのがヒットするのね』


 サトリは文字をウォッチのディスプレイに表示する。なんだこりゃ……。


『同時に世界中の権力者や支配層に流れる聖女伝説。四肢の欠損すら癒すんだとか』


 俺はふと、自分の右手を眺める。


『紛争が減少し始めたのもこのころね、軍需産業、各種ベンチャーとのつながりもうかがえる』


「あいつは世界征服でも狙ってんのか?」何それ怖い。


『その答えが、その腕輪にあるってことだと思うんだ。私とあなたの真実と共に』


「……お前は、どうしたい?」


『少なくとも、22回目もあなたを起こしてあげたいと思うかな?』


「ぷっ、世界規模の話をしたかと思えば、なんだそりゃ」


『なによ、いいじゃない。言ったでしょ? 世界を敵にまわしてもって』


 照れてるのかウォッチが熱を帯びる。

 そうだな。もうこいつのいない生活なんて考えられないしな。


「そっか、じゃあよろしくな、相棒……で、なんて言うんだっけ?」


『求めよさらば与えられん、よ』


 俺はその言葉を復唱する。

 腕輪が光り、長い夢が覚める。

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