お題2 走る 『灯入りの模型都市』

 薄暗い空の下、雲の切れ目から零れ落ちる星の光を見つめている。


「あ~あ、なんで上手く行かないんだろう?」


 悩み事が出来る度に、私はこの山に登る。


 自宅から車を走らせて一時間、車用に整備された道を十五分かけて上り空を見上げるのだ。


 仕事先でのトラブル、会社のお局様からの嫌がらせ、そして恋愛。


 なんてことはない。


 ありふれた失恋だ。


 仕方がない。


 言い聞かせる様に何度も呟く。


「…先輩が結婚かぁ」


 不安で一杯だった私に、会社の業務を教えてくれたのが初めての出会い。新人社員の教育担当なのは分かり切っていたのだけれど、根気強く仕事の仕方を教えてくれた。


 惹かれ始めたのは、私が立ち上げたプロジェクトの失敗から。あれは初めて自分の提出した企画書が通って、プロジェクトを立ち上げる事になった。まだまだ新米のちょっとした企画程度だったけど、私にとっては大プロジェクトだったのだ。


 会社のロゴが入った小物を販売する我が社初のグッズ販売事業。中小企業の多いこの国で、業界外の人々に会社を知って貰う為のプロジェクトで、幾つもの企画と同時進行で始まった。このプロジェクトは長く続ける事で、地域に根付いた企業を印象付ける気の長い企画だった。


 プロジェクトの失敗で落ち込んでいた私に、先輩が手渡してくれたコーヒーに注がれたマグカップ。プロジェクトで制作されたそれは、今も私の手の中でほのかな温もりを伝えてくれる。


「キミはいつも上ばかりを見ている」


 会社の屋上で長椅子に座る私の隣で、あなたはそう言っていた。


「もっと良くできる。もっと無駄を無くせる。もっと、もっと、もっと…」


 私は無駄を省こうとした。


 少しでも会社の利益を守ろうとして。より良い商品をより安く提供できるように。


「すみません…私が取引先に無理を…」


 取引先との会議を何度も行って、材料費や加工費を抑えて製品化する契約を交わした。マグカップなら白地を多く残して、県や市町村などの要望を受けられるようにした。お祭りやイベントの限定品として、白地にイラストやメッセージを入れて売り出す。


 真っ白なマグカップは数多く売られていても、自分のメッセージを入れて注文できるマグカップは私のちょっとした拘りだった。


「はは…キミが悪いんじゃないだろう?」


 私の企画は地域に根付く会社のイメージを超えて、地域の活性化を求める物に変わっていた。


 取引先も販売先も製造を委託した会社も、全て地元に関係のある企業だった。地域に根付いた会社を宣伝するのに県外の企業には頼みたくなかった。


「そうでしょうか…」


 初めて通った企画が、そう都合良くは行かない。


 契約の段階でミスがあった。


 メッセージやイラストを書き込む注文の料金に関する契約が、含まれていなかったのだ。その結果、注文時の値段は上がり、別の企業が同種類の商品を販売。


「うん…部長が目を通して許可を出したんだから」


 会社にクレームの電話が鳴り響き、事態を把握した部長はプロジェクトを廃止。初めて立案したプロジェクトは失敗に終わった。


「先輩の奥さん…綺麗な人だったな」


 記憶の中の先輩と、彼に寄り添って歩く綺麗な婚約者。私なんかとは比べ物にならない程良くできた人で、会社で婚約の報告を聞いたその日の飲み会で彼女を見た。


 柔らかく笑い、空のグラスを見つけてはビールを持ってお酌をしていた。お酒を零した人がいたら、直ぐに拭きに行っていた。


「キミはいつも上ばかり見ている」


 私は星を見上げるのを止めて、全身を照らさんばかりの色とりどりの光を見つめる。


 流れる光は車だろうか、それなら細長く一列に進むのは電車の光で、あの動かない光の下では誰かが暮らしているのだろうか。


 先輩は私にとって星だった。


 綺麗に輝いていて、手を伸ばしても届かない。


 今は流れ星になって、私の知らない空を走っている。


 手の届かない星は、身分違いの恋だった。


 一頻りの涙を流したら、見失った流れ星を追うのはやめよう。


 車に乗り込みエンジンを掛け、ライトを付けるとアクセルを踏み込む。山からの帰り道、道路を走る私の車は、あの山で見た夜景の様に流れて見えるのだろうか。


 山から見えた地上の光は、見失った流れ星の様に、何時しか見えなくなるのだ。

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