第2話 何ですかこの刺青、扉の小魔?

 道場にて頭を薬草を染み込ませた包帯でグルグル巻きにされて数日後、何故か私はジョニー・マクガイアと名乗った男に何故か飯を作らされていました。


 いや、女児にご飯を作らせるおじさんって正直やばくないですか?という気持ちは湧きますが、まぁ治療のお礼だと思って黙々と野菜炒めと屑肉を入れた麦粥を作ります。


 台所は一度も使われていないかの如くピカピカだ、というか本当に一度も使われていないのでしょうか。ここキングスフォールは物凄い都会だ、少し列車に乗れば安くて美味しいご飯屋さんは沢山あるし、実際あの男はそれで困らなかったのでしょう。その割には、何故かそこそこ家に食材があったのかは謎ですが。


 大きな木皿を三つ、二人分の野菜炒めと粥を小さめの机の上に雑に置く。


「はい、あるもので作りましたよ」


「おう、あんがとなジェーン名無し


「ジェーンじゃないです」


「じゃあなんて言えばいいんだよ、名前無いんだろ?」


「…………まぁそうなんですが、どうしましょう」


「だったらジェーンでいいじゃねぇか、誰も困らん」


 極めて適当なことを言いながらジョニーは粥を口に運ぶ。美味いとも不味いとも言わないが、私が味見して問題なかったし多分大丈夫だろう。


 まぁ粥の味は置いておいて、私の名前という問題は早急に決めなければいけない。実は前世の記憶とかちょっとしたエピソード記憶以外あんまりないですし、そもそも名前覚えてません。


 しかして今の私は捨て子(推定)なわけで……名前とかわからないし全然気にしたこともない。近所の子供には“角付き”とかしか言われませんし。


「うーん……名前、名前ですか……困りましたね……」


「むぐむぐ、なんかねぇのか? 特徴とか、形見とか」


「薄情な親だったのかあんまりそこら辺を持たせては……あ、でもそういえばなんか胸の所に刺青ありますね。自分じゃ良く見えないんでわからないんですけど」


 襟を引っ張って、胸元にある黒い刺青を見せる。鏡とかもないので自分ではどんな柄かもわからなかったので結構気になっていたのだ。


「刺青? なんでお前みたいな子供に………………げっ」


「……なんです?」


「“悪魔の印”か、お前さんもしかしたらただの捨て子じゃねぇかもな」


「……えっ」


「魔神使いの証だ、そりゃ。物心つかない頃に小魔と契約させられたんだろう……意識すりゃ封入されてる小魔の存在くらいは感じ取れる筈だが」


『悪魔の印』、異界の魔物である魔神を使役する召異魔法を使用するのに必要な刺青だ。ここに扉の小魔というこう、悪趣味な魔法少女物のマスコットみたいなのを封印してそれを媒介に魔神を使役したり、魔神の力を自分に宿したりするのである。


 ……というのはアルフレイム大陸の話で、テラスティアの方だと、魔神の契約書というアイテムを使って体を魔神に変異させたりするのだがこっちは犯罪である。奈落の魔域のせいで魔神の被害が多いアルフレイム大陸では魔神の専門家として比較的しっかりとした地位を持つらしい。でも悪用する人もいたりして結構アレな仕事だと思われることも多いそうだ。なにせ、PLやGMをやってた頃に悪用しまくりましたからね!よく知っているのですよ。


 さて、解説することによる現実逃避はほどほどに。


「…………最近、寝るときに幻聴が聞こえてたのは私の錯覚ではないと」


「どう考えてもそれだな……試しに出してみたらどうだ?」


「え゛、どうやって……?」


「俺の知り合いが言ってたのはこう……ぐっこ力を込めてなんやかんやするといいらしいぞ、なんか」


 なんという適当な、しかしこの男、テラスティア出身の癖にアルフレイムの魔神使いの知り合いもいたり色々と謎が多いですね……まぁ、とにかくアドバイス通りにやってみましょうか。


「んっ……ふっぎぎ……扉の小魔出ろ〜〜」


「(愉快な嬢ちゃんだな……)」


 そうやって気持ち強めに念を込めて胸元の刺青に集中すると、自身の中から“ぬるり”と何かが抜け出す気持ちの悪い感覚が走る。


「や、やっと出られたぁ……!さ、3年も封入するなんてなんて主人なの……!?」


 目の前には何やら蝙蝠の様な羽が生えた白髪で白目が全くない黒々とした瞳のちっちゃい少女がふわふわと浮いていた、なんですかこれ?


「どちら様ですか?」


「あんたの扉の小魔ゲートインプのカリンよ!3年も閉じ込めて、酷いじゃないのイレーナちゃん!」


「イリーナちゃんって誰ですか?私?」


「…………へ?あらやだ、この子もしかしてなにも覚えてない? ……てことは……成功……なんか変なの混ざってるけど……」


 なにやら小声でボソボソと独り言を言っている妖精もどきにえいやっと私はデコピンをした。


「いったぁ!?なにすんのよ!」


「いえ、何やら不穏なことを言っていたので」


 どうやら私のママンの情報持ちのようです、キリキリ締め上げましょう、魔界の眷属に容赦はいりません。


「痛い痛い痛い!?握り締めないで!?私普通のゲートインプと違って潰れたら死ぬのよ!?」


「いいことを聞きました、私のフルネームと母親の情報を吐いたら許してあげましょう」


「やめとけやめとけ、リンクしてたらお前が死ぬぞ」


「あ」


 そうでした、扉の小魔は主人とHP共有……というか主人の体力を使うんでしたっけ、危ない所でした。


「ぜぇ……ぜぇ……私は違うわよ……あなたの母親の特別製だし」


「……それについて詳しく聞きたい所ですが、まぁいいでしょう。では私のフルネームはなんでしょうか」


「イリーナ・ナディーシャ、6歳、母親はキーラ・ナディーシャ!出身は知らない!あなたを産んだのはヴァイスシティ!以上!もう何も言えないわよ契約だし!」


「わかりました、ではジョニーさん、私の名前はイリーナです」


 なるほど、聞けることは聞きましたちょうど良かったですね。


「ん、了解した」


 なるほど、深く聞いてきません、まぁ聞かれても私全然今の現状わかんないですし。やっぱりこの人雑ですけど悪い人じゃないですね、でもなんか面白そうな奴だなと思われてそうなので脛に蹴りを入れます。


「よっと、今日はもう帰れよ」


 避けられました、ムカつく。


「わかりました、お家帰ります」


「おう、じゃあな」


「…………え、あの、終わり?私がなんなのかとか聞かないの?」


「「どうでもいい(です)」」


「あ、はい……」


 とりあえずこの妖精もどきはすぐに封入しましょう、使い方わかりませんし。持ってねじ込んだら戻らないでしょうか?


「待って待って待って、戻るから、戻るから、あと召異魔法の使い方なら教えてあげるから」


「変異する奴もできます?」


「えっ、いいけど……あれ犯罪よ?」


「魔界の眷属が人倫を諭すとか私のこと馬鹿にしてるんですか?」


「やだこの子怖い……母親譲りだわ……あと私魔界生まれじゃないわよ……」


「え、なんですかそれ」


 はて、どの扉の小魔も魔界生まれの魔神の尖兵、幼気な少女を騙して贄にするタイプの悪質マスコットであるというイメージでしたが。


「細かいことは企業秘密よ、あと、家に帰るなら私隠しなさいよね。投げられる石の数が増えるわよ」


「なるほど、わかりました」


 言われるがまま刺青にカリンを封入、私は家路につきました。


 そんなこんなで奇妙な隣人を得て、道場に通うようになってからはや3ヶ月。初めてやってきた時と同様に道場には全く人は来ないばかりか『何やら危ない技を伝える流派の道場が出来た』とチンピラがやってきては師匠にのされる始末。その間私はカリンに召異魔法のあれこれを教わったり、師匠にボコボコにされたりと割と充実した日々を送っていました。


 あ、師匠のことは師匠と呼ぶことにしました。どうやら本当に弟子が欲しいだけでご飯までくれるので師匠呼びもやぶさかではないという判断です。これで私に手を出してたらロ○コン野郎と呼ぶ予定でしたのに、ある意味残念です。


 ちなみに師匠ことジョニー・マクガイアは種族は人間、年齢は……多分30歳くらい?まぁ無精ヒゲが多くてよくわかんないんですけど。とにかくやたら強いのでついていくのに文句はありませんが、とにかく変な人です。


「で、師匠、なんで走り込みながらその辺のチンピラ殴ってるんですか」


「ランニングと実践を両方できる画期的なトレーニングだ、お前はまだ無理なので後ろついて走るだけでいいぞ」


 現に意味不明な理論で私に無茶なトレーニングを仕掛けてきます。女児にこんな距離(10km)を走らせるな、私が普通の人間だったら倒れてますよ、いや嘘つきました、正直倒れそう。


 私たちの住処の『屑鉄の街』近辺は治安が悪く、基本的に住民は魔動機スクラップや盗品を売って暮らしています。なので治安は最悪ですし、路地を行けば犯罪者ばかりです。一応少し外れて環状線内に行けば高炉が立ち並ぶ街がありますが……あそこはあそこで労働者ばかりですし、高炉の利権周りで色々とヤクザ者の不文律があって面倒なので選ばないのでしょう。


 だからと言ってわざわざ列車に乗ってホルン駅区のスラムまでやってきて喧嘩を売ってくるチンピラを全員ボコボコにするのはよくわからない、なんだこの人?


「なんでわざわざこっちまで来るんですか、治安の悪さならあっちも大差ないでしょう」


「地元の奴らを敵に回したら面倒だろうが」


「なるほど」


 会話をしながら、師匠は向かってくるチンピラや冒険者崩れをボコボコにしている。あっ、暗器で目潰し。


「師匠の戦い方、めちゃくちゃ卑怯ですね」


「おう、本当は殺すまでやるのが基本の流派なんだがな。もうちっと穏便にやすいように作り直したのよ」


「……その割には容赦なくないですか」


「先手必勝が一番生き残りやすい」


「なるほど」


 なんともわかりやすい生存戦略である。しかし10kmも走りながら人殴って全然息が切れていないのはすごい。私は最近までご飯も満足に食べられない貧弱児童だったので正直かなりきつい。というか死ぬ、女児ですよこちとら。


「これ、まだ続くんですか? 正直もうだいぶきついですよ私」


「ん、そうか……じゃ帰るか」


 師匠は突然私をおんぶすると続々と集まってくる無法者の只中へ全力で走り始める。


「は、え?何してるんですかあんた!?」


「駅こっちだから走るしかないだろうが」


「えぇ〜…………」


 人混みを縫うように師匠は私を背負って駆け出していく、ついでとばかりに数人が飛び膝蹴りの餌食になって吹っ飛んでいく。


「おお〜特等席」


「お前さん、ほんとに肝が座ってるな……」


「疲れたので寝ていいですか?」


「いや、いいけどよ……」


 誰かの殴り飛ばされる悲鳴と鈍い音をBGMに、実は結構疲れていた私は意識を落として眠りにつきます。


 ────その後、気がつくと私は道場の端っこに毛布でくるんで転がされていた。なんて雑な。


せめて家まで送りなさいよこのバカ師匠と言ったら夕飯の時に私が使う食材に嫌いなものばかり詰め込まれました、解せぬ。

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