第4話 料理人コロン
「コロン、次はオーク肉とキャベッツの野菜炒めを作ってくれ」
「はいよ」
俺は二つ目の仕事先、火竜の息吹亭で大鍋を振っていた。
ここは料理長の親父のノベルが一人で切り盛りしている小さな食堂で、煮え切らない俺の態度にもかかわらず雇ってくれている。
昼間ギルドで雑用をこなし、夕方からはここで料理をひたすら作っていて、いつの間にか料理の腕はプロレベルになっていた。
「はい、野菜炒め終わったよ」
「そろそろ今日も終わりだな。やっぱりコロンの料理の腕は最高だな」
「親父さんの教えた方が上手かったからですよ」
「そろそろうちの店を継ぐ気はないのか?」
火竜の息吹亭の親父はいつも俺を料理人にしたいと誘ってくれていた。
だけど、俺は賢者になることを諦めて料理人になるつもりはなかった。
今から賢者を目指せるのかと言われれば、きっとダメなのはわかっている。
それでも、賢者様がおしゃっていたように諦めるのも、逃げるのも自分だと言う言葉を信じている自分もいた。
いや、それはいいわけか。
夢という言葉が俺の逃げ場所になっていただけだった。
いつかは賢者になるんだ。
そう思っていることでつまらない現実から逃げているだけだった。
でも、それを誰かに告白なんてできるわけはなかった。
。
「親父さんのお気持ちはありがたいんですけど……それでも賢者を目指したいと思っているんで」
「まぁわかるけどな。でも、夢は見るものじゃなくて覚めるものだからな。大人になるってことは夢を諦めることなんだよ」
夢は覚めるもの……親父さんはいつも俺のことを考えてくれているが、それでも、それを素直に受け入れられるだけの大人になれていない自分がいた。
「ありがとうございます。誘ってもらえることに感謝はしているんですよ」
「冒険者ギルドの雑用じゃいつまでたっても賢者にはなれないって話だったからな。でも、コロンの火魔法は炒め物がパラっと作れて、水魔法が使えれば食材が洗える、土魔法では釜土が作れて、風魔法は火力をあげられる。氷魔法は飲み物を冷やせて、木魔法は一瞬にして薬味を育てられる。光魔法は料理には向かないけど、収納魔法が使えるから、そんなにいっぱいは入らないと言っても調味料でもなんでも入れておけるだろ? 冒険者よりも料理人向きじゃないか」
この話は親父さんから何回も聞いた説明だった。
賢者になるほどの力はなくても、日常魔法使いの料理人としては、本当にプロになるだけの可能性がある。
「わかってはいるんですけどね。踏ん切りがつかないというか」
「コロンは気が付いていないかもしれないけどな、魔物の解体だってかなり上手くなったんだぞ。もうギルドで魔物の解体を専属でやるだけでもお金がもらえるレベルだ。だいたいどうやれば解体できるかもわかるんだろ?」
「まぁ、それはそうですね」
「その解体ができるかどうかとかは、魔物を見る目と、ナイフ使いの上手さがなければできないことだからな。俺はコロンのナイフ使いはもうプロだと思っている。あんな一瞬で解体できる人間はこの街でもトップクラスだぞ」
「本当に、親父さんは褒めて伸ばすのが得意なんですから」
実際に俺がこの街の料理人の中でどれくらいの腕があるのかはわからないけど、でも、料理人になりたいわけじゃないという無用なプライドが俺を縛りつけていた。
「コロン、今日の料理も美味しかったぞ。また来るからな」
「ありがとうございました」
常連のお客さんが俺に声をかけてくれて帰っていく。
ギルドの中で怒鳴られて、馬鹿にされている生活よりも、料理人としてみんなに喜んでもらって人を笑顔にする仕事がどれだけありがたいことなのかを俺はひしひしと感じている。
だけど……どれだけ料理が上手くなって、お客さんが増えても、俺が求めている世界はここじゃないと思ってしまう自分がいるんだ。
もし、10年後……ここの食堂をついだとしても、ふと考えてしまうだろう。
10年前のあの時に賢者を目指していたら俺はどうなっていたんだろう?
本当に後悔しないっていうほどのことができていたのだろうか?
でも、だからと言って今のままで賢者にどうやってなったらいいのかもわからない。
一度、賢者になろうと思って街で有数の魔法学園に入ろうとしたことがあった。だけど、そこで俺は現実を思い知った。
賢者ではなくても、魔法使いになろうと思ったら、もっと圧倒的な魔力量が必要なのだ。
俺のようにすぐに魔力量がなくなってしまう人間は賢者にはなれないとハッキリ言われてしまった。
魔法使いになりたければ、もっと魔力量を増やさなければいけない。
だけど、体内の魔力量を増やす方法はないと言われてしまい、入学することはできなかった。それでも、俺は諦められなくて、自分独自で魔法を覚え、魔力量を増やすために努力をし続けた。
冒険者たちは、そんな俺を滑稽だと笑った。でも、誰に笑われても夢を諦めるのは自分自身だという言葉を信じて今までやってきた。
親父さんが言っていることは頭ではわかっている。
自分一人でできることは、ほとんどやりつくしてしまった。
これ以上俺ができることといったら、諦めないで賢者になりたいんですと言い続けることくらいしかできないのだ。
本当は自分に才能がないのを認めるのも怖いし、夢が叶わない現実を受け入れるのも怖い。諦めて料理人になってしまった方が楽でいいに決まっている。
常連のお客さんからご飯が美味しいと声をかけられる度に、俺の心には小さな棘が刺さる。心の奥底で目に見えない誰かが小さな声で呟いている。
『もう諦めて料理人になっちゃえよ』
『十分頑張ったよ』
『よくやったじゃないか。ここからお前の第二章が始まるんだよ』
小さな家に帰って、暗い部屋の中ベットの上で俺の頭の中は毎日そのことでいっぱいになる。そう遠くない未来俺はきっと……。
同じ問答を繰り返しながらやがて深い眠りへと落ちていく。
明日も同じ代り映えのない日常がはじまる。
そうこの日も思っていたんだ。
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親父「コロンが後をついでくれたら俺が冒険者になる」
夢を追いかける男親父さん
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