11話

 私は空を舞う。

 あの街が近付いてくる。

 マリアと共に歩いた街。

 綺麗な音を響かせる、大きな鐘がそびえ立つ街。

 レオに、石を投げつけた人々の街。


 突然、目の前に何かが現れた。人の形に見える。

 私は空に浮いたまま停止した。


 何もない場所から、人が現れた。

 灰色の髪を長く垂らした、薄汚れたローブを纏った人。おそらく、女性。


 彼女は、私を見た。


「貴方が、アネモネ」

 私の名前を知っている? なぜ?

 いや、そんなことはどうでもいい。こいつに構っている時間はない。マリアを助けにいかないと。

 再び動き出そうとした私に、彼女は声をかけた。

「焦らなくても大丈夫。マリアを助けるのは貴方」

 ……。

 この人は何を言っている?

 マリアのことも、マリアに助けが必要なことも知っている?

「あなたは誰?」

 思わず問い返してしまった。彼女はわずかに口角を上げる。

「私は、”同類”達の姉のようなものかな」

 彼女は一歩、私に近付く。その右手を、私に差し向ける。


「私達の親は、貴方だ」

 彼女の右手は、私の左頬に触れた。

 親? 誰が誰の?

 私の困惑を読み取ったかのように、彼女は笑う。

「やっぱり、自覚はないみたいだね」

 でも、と彼女は私を覗き込む。

「貴方は魔力を分け与えられる。これにはもう気付いていたのかな」

 この人は、一体何が言いたいの?

 魔力……魔法を使うための力のこと?

 混乱する私を他所に、彼女は続ける。


「昔、貴方は一人だった。仲間を欲した貴方は、無意識に魔力を分け与えた」

 老人も失った私は、ずっと独りだった。

「世界中の樹木に、魔力を」

 仲間を願った。自分と同じ存在を願った。

「樹木に与えられた魔力が、時間をかけて生み出した結晶。それが……」


「私達だ」


 茫然としている私のことは、最早彼女の目には映っていない。

「私が一番最初に生まれたからかな、貴方の記憶が、少し残っていた」


「だから、貴方の魔力のことを知っていた」


 私が世界に、魔力を与えた。

 そういうことが私にはできる。可能だ。

 確かに願った。その魔力が彼女達を作った。

 だから一人じゃなくなった。

 だから独りじゃなくなった。

 私より長く生きている”同類”には、まだ会ったことはない。

 いない。

 いないんだ。私が作ったから。

 マリアを、レオを、みんなを。


 人ではない、”何か”として。


 そうだ。私がやった。

 気付かない振りをしていたんだろうか。

 私は分け与えたんだ。私の一部を。私の孤独を。

 そんなつもりはなかった。でもそうだ、私がやった。

 私が。

 それなら、


 レオが街を去ることになったのも、

 カストールが撃たれて死んだのも、

 ポルックスが捕らえられたことも、

 マリアが捕らえられていることも、

 全部。


 ——私のせいじゃないか。


 彼女は、なおも続ける。

「それから」

「私には未来も見えた」

「貴方がこれから、何を成すのか」

 彼女の黄色の瞳が、私を捉える。

 マリアと同じ、黄色。


「時間をとってしまったね、ここらでお暇しよう」

 そう言うと、彼女はふわりと、霧のように消えてしまった。


 私はマリアを助けなければ。

 こんなことになっているのは、私のせいだ。

 私のせいで、皆が苦しんでいる。

 私が助ける。

 私が。


 風は再び、私を巻き上げる。

 あの街は、もうすぐそこだ。


***


「出ろ」

 制服を着た男が三人、牢の扉を開けた。

 日が昇ってから随分経ったような気がする。牢の中では、時間の感覚が曖昧。

 その牢から出ろって? 私に?

「待て、何でそいつが!」

 そう言ったのはおそらくタウロさん。私達よりも前から捕まっていた、ポルックスの知り合いの人。

「別に順番なんか決めちゃいない。黙っていろ」

 制服の男が冷たく返す。どういうこと? もしかして、釈放とか?


 ……いや、そんなわけないか。


「まさか……」

 事態を把握したポルックスが目を見開く。それから、男に向かって叫ぶ。

「やめろ! それなら、アタシを先に!」

 ポルックスの声を無視して、一人の男が私の手を掴む。反抗しようとするリブラを、他の二人が制する。


 私は私で、ここにいないような気分だった。

 昨日の灰色の髪をした人は何だったんだろう。

 脱獄する必要はない、なんて言っていたけれど、本当だったのかな。

 私は、この人達に抵抗しても意味がないとか、そういうことなのかな。


「連日の公開処刑さ、これで教皇様の権威がより強まる」

 私は暗い道を歩かされる。その先は、昨日見たあの場所。

 オピュキスさんの最期の瞳が、今も私を見ているような気がする。


***


 ——これは遠い昔の話。

 まだ人々が、本当の”魔女”を知らなかった頃の——

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