7話

 翌日、私達は再び森の中を歩き出した。足元の草原は徐々に薄くなり、ほんのりと道のようなものができている。

「この道に沿っていけば着きますよ」

 カストールがそう微笑んだ。


 しばらく先で、その細道は塞がれていた。一本の大きな木が倒れ、道を分断している。

 とはいえ、回り道をすれば抜けられそうだ。私の場合、風に乗って飛び越えることもできるが。

 しかし、カストールは立ち止まって頭をひねる。

「この道、私達はよく使うんです。できればこの木、どかしておきたいんですけど……」

「アタシらじゃ動かせない。魔法使っても、な」

「なるほど! じゃあ、アネモネなら動かせるんじゃない?」

 三人の視線が私に集まる。

 私は倒木の重さを推し量る。確かに、私の風を使えば動かすことは可能だろう。ただし……

「よっぽど強い風が必要。周りのものも吹き飛ばしちゃうよ」

 マリアは残念そうに肩を落とす。

 と思ったら、すぐに目玉を丸くする。

「じゃあアネモネ、”あれ”は?」

「”あれ”?」

「こう、私の背中に手を当てて……ほら、レオ達捕まえたときの!」

 マリアは一体なんの話をしているのだろうか。確かにあのとき、マリアは長い長い縄を編み上げた。あれ以来、彼女はもう一度縄を作ろうとたびたび挑戦していた。いつも失敗に終わっていたが。

「あのとき、やっぱりアネモネが力をくれたと思うのよ! だからほら、今度はカストールとポルックスに同じことをすれば!」

「私達でもあの木を持ち上げられると?」

 カストールは期待の眼差しを向ける。ポルックスも身を乗り出す。

 そこまで言うなら、試さない訳には行かない。私は頭をかいた。


 双子が倒木の前に立つ。その後ろに、私が立つ。

「行くよ」

 二人の背中に、それぞれ手を当てた。

 左眼から両の手に、籠もった熱が流れるのを感じる。手の平が熱くなる。

「よし」

「やりますよ」

 双子はその手を倒木にかざす。二人の身体が、少し震える。


 倒木を取り囲む空気が揺れる。


 地面との間に、隙間ができる。


 木はそのまま横に滑り、塞がれていた道が顔を覗かせる。


「やった! やった! 成功だ!」

 マリアはぴょんぴょん飛び跳ねた。私も、ほっとして手をおろす。

 ポルックスが振り返る。

「すごいなあんた、本当に力が漲る感じだ」

「それもあなたの”魔法”なのかもしれませんね」

 カストールは、前に一歩踏み出した。

「ありがとうございます。では、先に進みましょう」


***


 アネモネ達は森を抜け、ある街にたどり着きました。その街は、波紋の鐘があった街の隣の街です。

 人の行き交う道を縫い、一軒の家に向かいます。その家に、”同類”達がいると双子は言っています。


***


「ここです」

 カストールが示した先には、煉瓦で作られた頑丈そうな家があった。街のはずれに位置するこの辺りに、あまり人影はない。

 傾いた日の光が、建物の隙間から私達を覗いている。

「よし、ごめんくださーい」

 マリアが軽快に扉を叩く。マリアの後頭部で、結ばれた黒髪がゆらりと舞う。


 返答はない。


 カストールも首を傾げている。念のためもう一度と、マリアは扉を叩いた。


 辺りは静まり返る。


「いねーのか? 開けるぞ、タウロ姐!」

 ポルックスはマリアの前に割り込み、扉に手をかけた。あっさりと扉は開く。冷えた空気が少し流れる。


 中には誰もいない。


「おかしいですね、誰もいないなんて……」

 双子の家の中へと入っていく。私とマリアも後に続く。

 玄関は綺麗に整理されていた。聞くとここには、五人の”同類”がいるはずらしい。


「なっ!!」

 居間に入ったポルックスが声をあげた。カストールも息を飲む。慌てて居間に駆け込んだ私も、思わず声をあげてしまった。

「これ……!」


 居間は荒らされていた。

 椅子や机はばらばらに砕け、破片がそこら中に転がっている。壁や床には削られた痕が残り、破れた絨毯には赤黒いシミが見える。

 そして窓は、外側から割られていた。

「ここはまずい」

 ポルックスは、窓の方を見て言った。

「何か外から襲ってきたんだ。獣かもしれない。ここに留まらない方がいい」

 私達は黙って頷く。最後尾にいた私から、今きた道を引き返した。


 足元が軋む。静寂が耳に刺さる。玄関までの道は、やけに長く感じた。


 閉じた扉に手をかける。向こう側へと、ゆっくり押す。まだ落ちきらない夕陽が、家の中へと割り込んでくる。

「よし、ひとまず外に……」

 飛び出したマリアの言葉が止まる。目の前には、予想外の光景が広がっていた。


「あなた方は、どうしてここに?」

 固そうな制服を纏い、銃を携えた男が数人、家の前に立っていた。

 穏やかな口調だが、その瞳は笑っていない。


「私達、えっと、ここに住んでいた人と、友達? みたいな……」

 マリアがしどろもどろに弁解する。しかし、それを聞いた男達の眉間にシワが走った。

「”魔女”と友達、ですか」

「え? マジョ……さん?」

 男の一人が、顎で合図する。たちまち男達は、その手の銃をこちらに構えた。


「捕らえろ!!」

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