《番外編》~月を拾う者~


 本日、外はあいにくの雨。


 ベッドルームの窓から見える空は薄暗く、濁っている。



 でも、だからといって何かが変わるわけでもない。


 だって、私はベッドの上から動けない状態なんだから……。




 昨日私は、十六夜との決着がついて朔夜に殺されるはずだった。


 でも、朔夜は私を殺さず吸血鬼にした。



 共に生きようと言われて……。


 愛していると言われて……。


 凄く、凄く嬉しかった。



 私の意志も確認せず吸血鬼にしたことはちょっと腹が立ったけど、それすらもどうだっていいと思えるくらい嬉しかった。



 でも……。


 


 でもこんな風になるとは思ってもいなかった。




 ……動けない……。



 別に動けないようにされてるわけでも、動くと辛いわけでも無い。


 ただ、体を思うように動かせないだけ。



 朔夜は、体が吸血鬼のものになろうと変化しているだけだから数日で動けるようになるとは言っていたけど……。



「……ヒマ……」


 そう、ヒマだ。


 朔夜は数日動けないと言ったけれど、私は一日目にして退屈を満喫していた。




 朔夜は今買い物に行ってる。


 何か食べたい物はあるかと聞かれて、私は適当にヨーグルトと答えた。



 それで近くのコンビニに買いに行ったんだけど……。




「まだ、帰ってこない……」


 私は唯一動かせる口で独り言を言った。




 この部屋は最上階だから、下に降りるだけでも多少の時間がかかることは分かってる。


 でもそろそろ帰ってきてもいいはずだ。




「これなら、何もいらないから側に居てって言えばよかった……」



 互いに想いを通わせてまだ一日目だというのに、私は朔夜がいないと物凄く寂しく感じた。


 いや、一日目だからこそなのかもしれないけど……。




「朔夜、早く帰ってこないかな……?」



 



 しばらくして、朔夜が帰ってきた。



 ただ、その肩には見慣れない、しかもかなり予想外のモノが乗っていた。



「どうしたの、それ?」


 私の質問に、朔夜はそれをベッドの上に置き答えた。



「拾った。……暇つぶしにはなるだろう」


 朔夜がそう言うと、それは私の顔の近くに来て「ニャア」と鳴く。



 それは、黒い毛並みでアイスブルーの瞳を持った猫だった。



「なんだか朔夜に似てるね」


 毛の色と瞳の色を見てそう言う。



「そうか?」


 朔夜が聞き返すと、また猫が動く。



 今度は私の頬を舐めて頭を摺り寄せてきた。


「あは……くすぐったいよ」



 すると朔夜もベッドの上に乗ってくる。


 猫の居る方とは反対側に横になり、私の頬に手を当て視線を交わらせた。



「確かに、お前を好きだというところは似ているのかもしれないな」


 そして、唇を合わせる。



 体は動かせなくても、感触は分かる。



 朔夜の柔らかい唇。


 そして舌が私の唇を舐める。



 私は朔夜を受け入れるために、目を閉じて唇を少し開いた。



 でも、朔夜はそれ以上動かない。


 どうしたんだろうと目蓋を開くと、朔夜の頬を猫が、てしっ…てしっ…と肉球で叩いていた。



 


 に、肉球パンチ……?



 朔夜は私から離れて、猫の首根っこを掴み上げる。




「……拾ってこなければ良かったな」


「ナァ~」



「っぷ、フフ……」


 私は思わず笑い出した。


 朔夜と猫がちゃんと会話しているように見えたから、何だかおかしくて。



「何で笑う?」


 ちょっとムッとする朔夜。



「ナァォン?」


 同じく機嫌の悪そうな声で鳴く猫。



 やっぱり似てる。



「ははっ……ご、ごめん。……そうだ、名前決めないとね。その子の」


 また笑ってしまいそうなのを必死で堪えて話題を変えた。



「お前が決めろ。お前のために拾ってきたんだ」


「そう? じゃあ……」



 私は少し考えて、これしかない! と思った。



「じゃあツクヨミ!」


 私の命名に、猫が嬉しそうに「ニャォーン」と鳴く。



 良かった、気に入ったみたい。



 でも、朔夜は眉を寄せて変な顔をしている。


 やっぱり分かっちゃったかな?



 ツクヨミは漢字で月読と書く。


 これは日本の神話で、太陽の女神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)のすぐ下の弟の名前だ。



 月読は名前にもあるように月の神。


 しかも、太陽を光とすると対の月は闇。

 つまりは闇夜の月の名前とも取れる。


 朔月の夜の名前みたいだと思った。




「お前はどうしても俺とコイツを同じにしたいみたいだな?」


 不機嫌そうな朔夜に、ちょっと不安になる。



「ダメ……かな?」


「そんな顔をすな。……襲いたくなる」


 ため息混じりに言った朔夜は、もう一度私にキスをした。


 ついばむように私の唇に触れる。




「別に構わない。お前にとっての『朔夜』は俺だけだと、何度でも教えてやるからな」


 キスの合間にそう言うと、今度こそその口付けを深めた。



「んっ……はぁ…」



 てしっ…。


「……」


 てしっ…。


「……」



 いつのまにか朔夜の手から逃れたツクヨミが、今度は私にも肉球パンチを喰らわせてくれた。



 私と朔夜は、何とも言えず黙り込む。



 やがて朔夜がツクヨミの首根っこをガシッと掴み、ベッドルームの外に持っていった。


 そしてドアを閉め戻ってくる。



 ドアの向こうからは恨めしそうな鳴き声が聞こえている。



「とりあえず、あいつはベッドルーム立ち入り禁止だ」


「フフ……そうだね」



 少なくとも今だけは。



 そして私達は、今度こそ思う存分触れ合った。





 こうして、この部屋の住人……ううん、住猫が増えました。



 ≪番外編 ~月を拾う者~【完】≫

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