忘れて忘れないで

ふじゆう

忘れて忘れないで

「やあ、こんにちは」


「ええ、こんにちは」


「今日は、いい天気だね。絶好のお昼寝日和だ」


「そうね。でも、別にお天気が良いから、横になっている訳ではないのよ」


「それは、大変失礼しました。理由を伺っても?」


「たいした事ではないの。ただ、立つ・座る・寝そべる。この三つの体勢しかとる事ができないの」


「それは不便だ。動けないのは、退屈だね」


「そうでもないよ。目線の高さが変わるだけで、当然見え方が変わるから、日々新しい発見があるの。天気や季節、行き交う人々も変化するから、尚更ね」


「なるほど、なるほど。だから、流暢に話せるんだね。現代の言葉使いも、とても上手だ」


「ありがとう。人々の会話を聞くのが好きなの。それで覚えたのよ」


「そうなんだ。会話ができて助かるよ」


「あなたのような人は、たまに現れるのよ。追払いにきたの?」


「違う違う。そんな物騒な事はしないよ。ただ、今日この町に越してきたんだ。探索も兼ねて散歩してたら、偶然君と出会った。それだけだよ。町の事は、先住人に尋ねるのが、手っ取り早いからね」


「そう。#二十夜__はたや__#町へ、ようこそ」


「よろしくね。あ、昼寝の邪魔しちゃったね?」


「昼寝をしていた訳ではないったら。さすがに横になったままでは、失礼だからね。人とお話しするのは、好きなのよ。なかなか、できる事ではないからね」


「ご丁寧に、どうも。僕も君と話したいと思ったんだよ。この町は、どう?」


「今は、とても良い所よ。治安は良いし、静かだしね。住んでいる人々も穏やかな印象ね。なによりも、町長さんが、とても優しくて誠実ね」


「それはそれは。静かに過ごせるのは、僕も望むところだよ」


「たまに興味本位でやってくる喧しい人達は、いるけれどね。もう慣れちゃった」


「少し耳が痛いね。代わりに僕が謝るよ。ごめんね」


「あなたが謝る必要はないよ。喧しいのは苦手だけど、賑やかなのは好きよ。ここが公園になって、沢山の人々が足を運んでくれるようになって、嬉しいの。以前は、恐れられて避けられていたから」


「以前って、公園になる前の事?」


「ええ、そうよ。公園になるもっとずっと前の事」


「公園になる前はなんだったの?」


「ただの雑木林よ。手入れなんかされていない鬱蒼とした不気味な場所」


「あの慰霊碑は、最近できたの?」


「そうね。公園と共に建ててもらったの。その前は、無骨な石碑だった。フフ・・・鬱蒼とした不気味な雑木林に石碑だもの、誰も近づこうとはしないよね」


「確かにね。こんな事聞いて良いか分からないけど、事故とかが頻出したのかい? えーと・・・祟り的な?」


「どうしてそう思うの?」


「なんて言うか、何か良くない事が起こったから、解決の為に慰霊碑を建てたんじゃないの? 鎮魂の為に」


「・・・そうね。あの頃の私達は、憎悪の権化だった事は、否定できない。全ての人に、憎しみや怒りを向けていた」


「それだけの事をされたんだね?」


「だからと言って、何をしても良いって訳ではないのだけれど・・・当時は分からなかった。いいえ、分かろうともしなかった」


「そうなんだ。今は穏やかに過ごしているように見えるけど、気持ちが少しは整理できたのかな?」


「ええ、今は落ち着いた気持ちよ。憎み続けるのは、難しいものね。良くも悪くも風化する。それも今の町長さんのお陰よ」


「さっきも言っていたね。今の町長さんは、優しくて誠実な人なんでしょ? 君の為に何をしてくれたの?」


「正確には、私達の為ね。何度も何度もここに足を運んでくれて、想いを語ってくれたの。町長さんは、何も悪くないのに、丁寧に謝罪もしてくれたの。さっきのあなたのようにね」


「ここにいたのは、君だけじゃなかったんだね?」


「ええ、そうよ。この町の名前は覚えてる?」


「二十夜町だね。変わった町名だとは、思ってたんだよ。十五夜は、有名だけど、二十夜は初耳だよ」


「でしょうね。元は、夜ではなくて、数字の八だったの。二十八で、はたやだったの。ずっと前の町長さんがつけたのね」


「二十八? 何の数字なの?」


「私を含めた二十八人の若い娘が、ここで死んだの・・・人柱として、殺された」


「殺された。穏やかじゃないね」


「あら? 驚かないのね?」


「まあ、ある程度の予想はしていたからね」


「あなたなら、そうでしょうね」


「人柱って事は、当時のこの地にあった風習か何かなのかい?」


「それは分からない。だって、初めての事だったのだから。ただ、私達の後には、被害は出ていないから、案外思いつきなのかもしれないね。私が十歳の頃、大きな地震が頻繁に起こったの。家屋や田畑に大きな被害があって、多くの人が亡くなったの。神様が怒っていたそうよ。そして、神様の怒りを鎮める為に、何故か私達が選ばれたの」


「どうして、命を捧げる事で、神様が怒りをおさめるのかが謎だね。因果関係が不明だ」


「まったくね。その不可解な思想の大人の犠牲になったのが、私達なの。突然集められた私達二十八人は、生きたまま埋められた」


「可哀想に。辛かったね。それで君達犠牲者を忘れない為、同じ過ちを繰り返さない為、二十八町と命名したんだね? でも、あまりに残酷な黒歴史だから、二十夜に改名した。そんなところかな?」


「その通りよ。そう説明してくれた。色々な人から批判があったみたいで、仕方なくと町長さんは頭を下げてくれたの」


「確かに残酷な事実には、蓋をしたいだろうね。ところで、君以外の二十七人はいないようだけど、成仏したようだね? 君は一人ぼっちで寂しくないの?」


「寂しさや孤独感は、なくはないのよ。二十八町と命名してくれたり、町長さんが優しかったり、公園を作ってくれたり、慰霊碑を建ててくれたり、他の子達は納得し、満足したみたい」


「君は納得も満足もできなかったんだ」


「私は、他の子達よりも、ずっとわがままで欲深いみたい。二十八人の内の一人、その他大勢みたいな扱いが嫌だったの。私は私なのだから。私は一人しかいないのだから。ね? わがままで欲深いでしょ?」


「そんな事はないさ。誰も彼も尊い大切な命だ。一人一人が、尊重されるべきだと思うよ」


「ありがとう。あんな残酷で非人道的な出来事は、二度と起こって欲しくはないの。今を生きる人達には、あんな酷い事は早く忘れて、幸せに生きて欲しいと願っているよ」


「でも、僕は忘れないよ。君の事は、忘れない」


「ありがとう。私もあなたの事は、忘れないよ。こんなに人とお話したのは、久しぶり。本当に楽しかった。さようなら」


「さよなら。ああ、雲一つない綺麗な青空だ。生まれ変わったら、どうか幸せに」

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