妹とランニングと後悔

ユラカモマ

妹とランニングと後悔

 妹は僕の後をついてきたがったし真似したがった。そしてそんな妹を僕は面倒だと思っていた。だから少しいじわるをしたのだ。ついてこれなくなったら諦めるかな、そのくらいの気持ちで。だから決してひどいことをしようとした訳じゃないけどかわいそうなことをしてしまったと思った。

 きっかけは母が健康のためにランニングをすると言い出したことだった。一人で行けば 良いのに一人では寂しいからと僕と妹が付き合わされることになった。僕はお菓子を質にとられて渋々だったが妹は違った。走るのが苦手な癖に1番にお気に入りの白のスニーカーを履いて玄関で僕と母を待ち構えていた。

 序盤は3人で一列になって走っていた。先頭は母でその次は僕、最後を妹がついてきていた。しかし中盤に差し掛かる頃、僕は母に合わせて走るのが億劫になった。先に行くね、と家の鍵を預かって母を抜いて走り出した。すると後ろにいた妹が

「私も行く!」

 と言い出したのだ。

「待たないからな」

「大丈夫、行くの!」

 妹は3つ下でまだ僕より身長は20cm以上低かった。こうやって僕について来ようとしてはついて来るのが難しくなってすぐ泣いて拗ねるのが常だった。僕はイライラしていた。だから僕はそれを吹き飛ばすようにほとんど後ろも振り向かずに普段以上に速く走った。イライラのせいでいつもより速いような気さえして段々と楽しくなってもきた。

 家に着いたときには清々しく晴れやかな気持ちだった。鍵を回して部屋に入りお茶を飲む。ついでに妹と母の分もいでやっているとようやくひどく息を切らせた妹が玄関に倒れこんできた。

「おかえり、やっぱりついて来れなかったろ」

 そう軽くからかったが妹は何も言い返さずゼエゼエと苦しそうにしている。いつも元気な妹がうずくまって顔を真っ赤にしている。何かおかしい、そう分かったけれどどうして良いのかまでは分からなくて名前を呼んで背中をさすった。それでもゲホゲホと咳き込んで涙目になってかわいそうだった。

「ごめん、もう置いていったりしないから。ね、いいこいいこ、大丈夫、もうすぐお母さんも帰ってくるよ」

 言葉を探して謝って励ました。お兄ちゃんだからお母さんが帰ってくるまでしっかりしないといけないと思って。そもそも僕が妹を置いて行こうとしたのが悪いんだと後悔の念に駆られて。震えていたら妹が僕のズボンをギュっと握った。

 お母さんは帰ってくると妹の様子を見て過呼吸ね、と言った。そして中から紙袋を持ってきて妹の口に当て、ゆっくり呼吸をするように促した。少しずつ少しずつ呼吸が落ち着いていく。

「もえかはお兄ちゃんにできることは自分もできるって思ってるからね、悔しくてがんばり過ぎちゃったみたいよ」

 ポロポロと涙をこぼしながら妹はじとっと傍らの僕を見上げた。僕はもう一度ごめんと言った。


 あれから10年が経って今も母のランニングの習慣は続いているが立場はすっかり逆転している。

「お兄ちゃん、ガンバ!」

「ちょっと待って…しんど…」

 妹はよほど悔しかったのか母のランニングに欠かさず付き添い今ではたまにしか参加しない運動不足の俺を置いていくことも出来るようになった。けれど妹は励ましながらトロイ兄に付き合ってくれる。

「もうちょっと!」

 自分が恥ずかしくなるなぁと俺は笑った。



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妹とランニングと後悔 ユラカモマ @yura8812

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