第9話 新たなミッション⁉

 小林さんに練習をみてもらってから1週間ちょっとが経った。

 僕はあれから会社帰りに、短い時間でもいいから走ってみようと何度か練習をしている。

 回数を重ねるほどに最初の練習なんて比べ物にならないくらい、走ってる感じは出てきたと思う。

 

 でもなー、距離!


 走り出したらすぐ疲れてしまって、まだ、距離が全然マラソンっていう距離じゃないのだ。10キロなんて程遠い……。


 走り続けてさえいればはそうなるだろうって希望的観測の元の発言だけれども。

 そんなことを思い始めてすぐの朝。僕はいつも通り会社に出勤する。

 そうすると、聞こえてくるのは恒例の東堂課長の

「ヤーマーモートー」

 と呼ぶ声だ。

 今日はいったい何だろう。僕、昨日の書類は完璧だったと思うんだけど。

「来たか。お前、昨日受け取った書類なんだけどな」

「やっぱり何か間違いがありましたか?」

 僕は『秘技そのいち』自分の失態は切り出される前に切り出せ!

 を展開してみたのだけど、それを聞いた課長はなんだかしかめっ面だ。

「俺はまだ何も言ってないのに自分がミスした前提で先に謝っておきゃいいだろうってのが見え見えだ」

「……すみません」

「すみませんは……」

「日本語じゃなかったですね。失礼しました」

 ここで課長の大きなため息がひとつ。

「まぁいい。昨日出してもらった企画書と行程についてなんだが、企画そのものはよくできていた。そのまま上にあげてもいいくらいだ」

 

 なんと! 褒められた!


 僕が仕事のことで課長から褒められるなんて……もしかして入社以来初⁉ じゃないか?

 小躍りしそうな勢いで、ありがとうございますと言いつつ頭を下げようとすると


「待て待て、企画『は』と言っただろう。企画はよく練れてると思う、がそれに対しての行程がすこし甘いのと予算の見積がガバガバすぎだ。見直すように」

 

 ……そっか、そうだよね。そんなに簡単に褒められるわけないか。

「なにしょぼんとしてるんだ。俺は、企画は良かったとちゃんと良いところは伝えたぞ。それに対して他が残念なだけだろう、少し見直しするだけでだいぶ変わるはずだぞ」

 あ。でもこれ、やっぱ褒められてるかも。

 そう感じた瞬間、課長は持っていた書類でポンっ僕の頭に触れてきた。

「その調子で頑張れな」

「は、はいっ!」

 なんだか、朝からとっても元気が出てきた気がする。

 朝の僕はいつも眠くてだるくてやる気がなかなかでない。

 今日、仕事はまだ始まったばかりにしてはぜんぜんイケる。いけそうな気がする!

 自分の席で早速仕事だ! くるりと身体の向きを変える。


「あ、そうだ山本」

 かるーく、かるーく呼び止められた。僕も軽やかに振り返る。

「はい?なんでしょう」

「お前、今日からエレベータ禁止な、階段使え、階段」

「え? 禁止? 階段?」

 課長はうむ、とうなずくと

「そうだ。むしろ、階段見たら『しめた!』と思え」

 と、当然のように言い放った。


 えぇぇぇ……それは無理というものでは……。

 だってここ、このフロア8階ですよ?

 毎日最低1往復、平均3往復はしてるのに。

 そしてほかのフロアとの行き来も多い広報業務。エレベーターの恩恵にあずかりまくってこそ成り立つ会社員生活じゃないですか!!


 という心の声がいつも通り表情かおに出ていたらしい。

「練習はしてるようだが、お前には筋力も基礎体力も足らん。脚力もまだまだなはずだ。どのみち社内で仕事をする以上移動はしなければならないんだからトレーニングになった方がいいだろう?」

 そうか、運動経験がなさ過ぎて考えもつかなかったけど。距離を走れないのは筋力と体力が足りないからだったんだ。

 それを見抜く課長ってすごいなと改めて感心していると

「そういうことだ。納得したら階段を使うんだな」

 そういっていつものように手で僕に席に戻るように促した。

 会社の合同練習会まであと2週間。

 それまでに少しでも力をつけたい。

 っていうか、つけるぞ!

「わかりました、やります!」

 多分、この時入社以来初めて僕はやる気を持って「やります」と口にしたのだった。

「それから、ほら、これ」

 東堂課長がポーンと僕に何かを放ってよこした。

 落としちゃいけないと、反射的に思いきり手を伸ばしてキャッチしたそれはリストバンドだった。

「そういうのあると、便利だぞ。」


 僕の怪訝そうな顔をみて課長はニヤリと笑うのだった。

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