「走れ、俊吾」

おめがじょん

ランナーズハイの先に、深淵なる愛が在る。


「走れ、俊吾」



 という小説を書いてしまった。

 私の兄と友人の兄が困難の果てに愛し合うという、走れメロスを下敷きにしたボーイズラブ小説だ。ナマモノが危険な事はわかっていたが、筆は止まらない。本能のままに書き上げた傑作は、友人の挿絵つきで一冊の本となった。

 お互いの兄同士をBLのネタにするという最悪な私達は、あろう事かそれをインターネットに公開してしまった。


 ──まぁ、そこまでは良かった。


 底辺夢女子作家の私にも才能があったらしい。ブックマークは数日で千を超え、フォロワーは500人増えた。挿絵担当も気が付けば神作家達にエアリプまでかませるにまでに増長し、これにて私達も神作家の仲間入りを果たしたと言えよう。

 そこまでは良かったのだ。そして先程、挿絵担当の里穂と今日は朝まで神絵師さんと人狼でもやろうかなんて話していた帰り道、


「よぉ。美野里」

「里穂……。随分と楽しそうじゃねぇかよ」


 某漫画雑誌で!?と吹き出しがつきそうな程顔を歪め怒りに震えた兄達が通学路で待ち伏せていた。大体の雰囲気で怒っているのがわかるし、これは泣くまでボコボコにされるコースだなと過去が囁いている。里穂も同じような反応だ。

 そして、俊吾がスマホを操作し、私たちに見せつける。


「何コレ?」


 兄のSNSが表示されている。しかもプロフ写真は里穂の兄、陽介と一緒に撮ったプリクラだ。ほんまにお前らこういうとこよ。


「バカ、それ表示してるの違う」

「えっ? マジで? 陽介やってくれや」

「仕方ねぇなぁ。ほんとに手のかかる奴だよ」

「お前が居てくれて良かったぜ。機械弄るの苦手でよ」


 何なのだこいつらは。新しい餌でも供給しに来てくれたのだろうか。里穂も口の端が上がっているのが見える。流石はマブダチ。陽介さんの顔は何だかんだタイプなので見惚れてしまう。兄はまぁどうでもいいや。私は創作の俊吾が好きなのであって、兄に特に何かを思ったりはしない。

 陽介さんはいそいそとスマホを操作すると、再び画面をこちらに見せつけた。半ば予想していた通り、「走れ、俊吾」がそこに表示されている。 


「これ書いたのお前らか?」


 里穂がヒィンと悲鳴を上げてしまった。知らぬ存ぜぬを通していればやり過ごせたかもしれなかったが、後書きに「お兄ちゃんごめんw」と書いた事を思い出してしまった。俊吾が般若のような形相になっている。これは、明日学校行けなくなるぐらい殴らられるコースだろう。兄は顔を殴ったりしない。しかし、肩が上がらなくなるまで肩パンをしてくる。

 作家としては致命的である。もう既に、「走れ、俊吾」の続編である「親友失格」のプロットは完成してしまっている。


「ここじゃなんだからよ。ちょっとお前らウチまで来いや」


 駅前なのでそれなりに人通りもある。それを嫌ったのか、俊吾が里穂の腕を掴もうとした時だった。


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!! この人痴漢ですうううううううううううううううう!!!!!」


 最期の手段だった。腹の底から大声を上げた私は呆気にとられている里穂の手を取り走り出した。

 

「み、美野里ちゃん!?」

「走るのよ、里穂! 親友失格、書くんでしょ!?」

「う、うん!」


 駅前をあても無く走り出す。私は陸上部。里穂は卓球部。二人とも走り込みは毎日のようにしている。子供の頃から走るのが好きだった。変わりゆく景色になんぞ目もくれず、妄想の世界に浸りながらそれこそずっと走っていた。

 ランナーズハイの先に、深淵なる愛が在る。が私の持論だ。走り続けた先に二人の兄による至高の愛を垣間見た私にはわかる。


「えへへ。美野里ちゃん。何かこういうのも楽しいね。漫画っぽくて」


 私も笑いかけたかったが、背後には修羅が迫っていた。陽介さんがあんな怖い顔をしているのを初めて見た気がする。ドS責め陽介さんも悪くはないかもしれない。駅前を抜け、住宅街へと走り抜ける。兄二人も運動部なので足が速い。

 俊吾がトスした球を陽介が打つって最高だと思います。なんてくだらない事を考えていたら段々と距離が縮まっている気がした。


「里穂。ペース上げれる?」

「えっ!? 無理無理! もうこれ以上はキツいよぉ!」

「でも追いつかれたらぶっ殺されるよ!? 肩殴られまくってアザできてもいいの!?」

「お兄ちゃん私の事ぶったりした事ないから謝れば許してくれるよぉ! 俊ちゃんにだってぶたれた事ないし……!」


 何なのだこの扱いの差は。私は俊吾に蹴りを入れられ、肩を殴られ、よく関節技かけられるのに。陽介さんだって、私がこの前いきなり抱き着いたら関節技キメてきたのに……。しかしあいつら関節技好きだな。絶対お互いで練習し合ってるだろこれ。

 なんだか急に里穂に対し冷めてきた。なので、


「じゃ、里穂。私ペース上げるわ。お互い追跡撒いたらいつものとこに集合で!」


 ぐりんと急に進路を私は変え、速度を上げた。里穂の絶望したような悲鳴が聞こえるが今の私は鉄の心を持つ女。陸上部と卓球部のどちらを追いかけると言えば、卓球部だろう。里穂には先に捕まって怒りを吸収してもらう。きっと私と違って殴られないし、大丈夫だろう。地獄へ落ちろ。

 


「さよなら私のセリヌンティウス。ズッ友だょ……!!」


 

 心の底から親友に向かって叫んだ。私の無事を邪智暴虐の王達の元で信じて待っていて欲しい。







 



 ちなみにこの後であるが、あっさり裏切ったセリヌンティウス(里穂)が集合場所をゲロったので私が両肩が上がらなくなるまで殴られたのは言うまでもないだろう。










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「走れ、俊吾」 おめがじょん @jyonnorz

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