僕が君のために走る意味
華川とうふ
ざまぁ……とかそういうのじゃないけれど
君の為に走る意味。
早朝の空気、冷たくて肺が痛くなる。
だけれど、僕、沙翁シュウジはそんなことに構わず走る。
ただ、君のためだけに。
毎日、ずっと、続けている。
アンと僕は腐れ縁だ。幼馴染とまではいかないけれど、小学校低学年の頃から、なんだかんだずっと同じクラスだったりする。
記憶には無いけれど、幼稚園も同じだったらしい。
そういって、幼稚園のアルバムを指さすアンの笑顔はすごく可愛かった。
僕は、あまり運動が得意ではなかった。
外にでてみんなとおにごっこやドッジボールをするよりも、教室で静かに本を読んでいたいタイプ。
アンは僕とは正反対。明るくてクラスの中心で、休み時間は積極的に外に出て遊ぶタイプだった。
だけれど、僕たちはなんだか馬が合った。
居心地が良い相手。お互いにそんな風に思っていた。
よく男女で一緒にいると「付き合っているの?」とかからかわれたりするけれど、僕たちはそんな仲ではない。
ただ、なんだか不思議な腐れ縁で結びついた最高の理解者って感じだろう。
アンは前にふと、こんな風にいったことがあった。
「君と一緒にいると、自然でいられるんだ。無言でも気まずくないていうか」
そういって、微笑んだアンの顔は胸がキュッと切なくなるくらい可愛いらしいけれど、同時に寂しげだった。
そのときは特になんとも思わなかったけれど、今から考えるとアンの言葉は不思議だ。
アンは何時もクラスの中心で。みんなから人気者。
そんなアンは何時も楽しそうに見えるのに、まるで普段は無理しているみたいだった。
ただ、それを言われたときは僕もガキだったからそれ以上は考えられなかった。
アンが学校に来なくなったのは三ヶ月前のことだった。
本当に突然。学校に来なくなった。
理由はいじめだ。
驚いた。
アンみたいな女の子がいじめにあうなんて。
美人で明るくて、人気のある女の子がいじめにあう。
僕のようなデブの陰キャならともかく。
明らかにカースト上位の陽キャのアンが……。
どうやら、部活でのやっかみが原因だったらしい。
アンは演劇部に入っていて、一年生なのに主役に抜擢されていた。
「主役に選ばれたの!」と嬉しそうに報告してくれたことを今でも覚えている。
お祝いにとっておきのケーキ屋で二人で祝杯をあげた。もちろん、お酒でなく紅茶で乾杯したけれど。
僕は甘いものが好きだ。
ああ、あのときのケーキは本当に美味しかったなあ。
アンは本当に努力していた。
誰よりも熱心に部活での練習に取り組んでいたし、雑用だって一生懸命こなしていた。
だけれど、同じ演劇部の女子達は「ぶりっこ」とか「顔だけで選ばれた」なんて陰口をたたいた。
そんな訳ないのに。
演劇部の部長は完全に実力主義ということだ。
みんな知っているけれど、それでも陰口をたたかずにはいられない。それくらい今回の舞台は特別なものだとみんな思っているみたいだった。
僕はアンが毎朝自主練をして、体力作りのために走り込みまでしていたのを知っている。
誰よりも台本を読み込んで、物語の内容について何度も僕と話し合って理解を深めた。
本当に血の滲むような努力をしていたことを。
結局、アンが学校に来ないまま時間が過ぎていく。
そして、とうとう演劇部の部長は口を開いた。
「新しく主役を決め直そう」と……アンが戻ってくる望みは薄いと感じたらしい。
演劇部の主役は実力主義。部員なら誰でも参加できる。オーディションで決まる。
ただ、顔が綺麗とかそれだけではな主役に選ばれることはない。もちろん容姿も大事だ。今回の主役はハスキーな声をもつ中性的な美女の役。すらりとした体つきは絶対だけれど、それ以上にその役についてどれだけ理解しているかが重視されている。
――オーディションがはじまった。
「主役は、沙翁で……」
部長がそういったときに、周りは大きくざわついた。
なんせ、女の役に男であり、部員だけれど台本作成がメインの僕が選ばれたのだから。
アンのいじめのことを知ってから、僕は必死にダイエットした。
好きだった甘いお菓子もやめて、毎日走り込みをした。
発声練習もアンにつきあっていたからやり方は分かっていた。
そしてなにより、役についてはもちろん誰よりも理解していた。
だって、この台本を書いたのは僕だから。
僕はアンの為に走り続ける。
君がこの主役をまたやりたいといってくれたときの為に守るし。
もし、君がもどってきたら、最高の君の為の台本を書こう。
僕が君のために走る意味 華川とうふ @hayakawa5
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