走る先輩と後輩くん

ジュオミシキ

第1話

「後輩くん、君は走ることは好きかな?」

「ええ、まあ人並みには好んでいます」

「それは至極残念だ。まったく、これだからいつまでたっても後輩くんは後輩くんなんだよ」

「なんかすいません」

「そうか⋯⋯、君はそちら側の人間なんだね」

「そちら側とは?」

「実は私は走ることをあまり好ましく思っていなくてね」

「ただの運動音痴では?」

「いいかい?後輩くん。走る時というのは、大抵がろくでもないことの起きた時なんだよ。だから走らなくて良いのなら、それを望まずにはいられないんだ」

「あまりにも偏見が尖りすぎててびっくりしてます」

「そうでなかったとしても、だ。走るというのはつまり急いでいる場合であって、ゆっくりと落ち着く事もできないそこに、なんの平穏も安全もないんだ」

「もっと走りを身近に感じましょうよ。先輩は一体何に追われているんですか。もしくは何と戦っているんですか」

「それはもちろん時間に、だよ」

「時間にしてはちょっと人の追い詰められ方が半端じゃないですね」

「それとも、黒服の刺客⋯⋯かな」

「なんかもう一生時間にだけ追われてて欲しかったです」

「なんだい、君は私を追ってはくれないのかい?」

「ちょっと拗ねてるとこ悪いんですが、少なくとも時間と黒服の刺客に追われている人を追いかけようとする好奇心はとっくの昔に忘れてきました。特に時間とは闘いたくありませんね」

「もしその時になったら、君が私を守ってくれるかい?」

「ええ、もちろん。すぐに不審者三名の通報をします」

「後輩?もしかしてだけどそれ私も含まれていないかい?」

「いやぁいやぁ、まさかただの運動嫌いからまさかここまで話が広がってしまうとはね。これだから後輩くんと話すのはとても楽しいんだ」

「今ふつうに運動嫌いって認めましたね」

「後輩くん、そこじゃないだろう?今、私デレたんだけどな。⋯⋯おかしい、私のデレが完全にスルーされてしまった。これが俗にいう倦怠期というものかな⋯⋯?」

「そういえば先輩、今日はどうして急にこんな話を?それに、運動嫌いって言ってましたけど、ついさっきも先輩走ってきてたじゃないですか。めっちゃ息切れてましたけど」

「ああそれはもちろん、君とこうして少しでも長く過ごすためさ。どうせなら時間なんかよりも後輩くんを気にしていたかったからね」

「⋯⋯⋯」

「え? あ、ちょっ、なんで急に黙るのかな?さっきもスルーされたから、てっきりこれもスルーされると⋯⋯。や、やめないか、どうして顔を背けて⋯⋯な、なんでどうしてここで照れるんだい!?こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないかもうっ!」

「あっ、先輩」

「さよなら!また後日!」

「ああ、はい。また⋯⋯。 先輩、勢いよく走り去ってしまったなあ⋯⋯と思ったらあんまり離れてない、やっぱり運動苦手なんだなあ」

※二分後

「はぁ、ひぃ、ふぅ⋯⋯。どうして、追いかけてきてくれないんだっ!」

「本当に追いかけて欲しかったんですね⋯⋯、まさかあれが布石だったとは」

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