EP19 セカンド・ウォー

 交渉は決裂した。


 官僚は講和を支持したが、結局教会組織というのは騎士団が強い組織。継戦派が多い軍部に押し切られ、教会はなし崩し的に戦闘を継続した。


 元老院も本格的に軍団レギオンを動員し、教会派を追い詰めにかかる。大アラディンはアレクサンドリアに迫り、別動隊がダマスカスを陥落させた。


「ウェリア、教会はあとどれくらい粘るつもりだ?」


 地下室では今日も会議が行われ、七つの丘の今後の方針が策定されている。


「持って半月。小麦の収穫時期と重なっているのに戦争を継続させることには反対の騎士も多い」


 騎士団は実力主義の組織だが、地主階級の人間が存在しないという意味ではない。


 地主階級が収穫時期の戦争を良しとしないのは当然の話だろう。


「それに、あの講和内容なら結局のところ被害をこうむるのはアレクサンドリアとエルサレムの総主教で自分たちには関係ないと思っとる」


 コンスタンティノポリス総主教庁はコンスタンティノープルを中心にした自らの支配域とは別に他の総主教を実質的に傀儡としている。


 大局的な視点のない騎士からすれば対岸の火事というところだろう。アラビアも元老院もコンスタンティノープルまで行くのは無理だ。


「良い兆候ですね。ロード・ケルマルス、頼んでいたことの首尾はどうですか?」


 一番奥の男のコードネームはケルマルス。そしてその本名はアレクシウス・ゲルマニクス・ピウス。生粋の武官だったが現在は老齢のため退役している。


 退役したとはいえその影響力は衰えず、現役の軍団レギオン兵の中には彼を慕うものが多くいる。


 七つの丘の幹部ロードの中では最年長のため議長を務めている。他の幹部にとっても彼の存在は頼もしいものだった。


「まだしばらくかかる。……だが、ひと月で形にして見せよう」


「例の任務か。半島中で話題になってるみたいだな」


 カールが珍しく口をはさんだ。彼は基本的に自発的な発言をしないが、重要な情報は必ず伝えてくれる。


 これも計画がうまくいっている証拠と言えるだろう。


「概ね問題ないでしょう。いずれにしても終戦後すぐには動けません」


 皇帝は小さく頷いた。


「ゴルゴダ、次の講和にも首を突っ込むつもりか?」


 皇帝は今度は首を横に振る。


「いえ、それはやりすぎです。帝国における皇帝の地位をかんがみれば今でも少し動きすぎかもしれないですから、次は放っておきましょう」


 グレゴリウスが続けて言った。


「心配せんでも落としどころはだいたい決まっている。最初の会議で要求されたことを呑んで終わりという筋書きになるだろう」


 「そこまで読んでいたのだろう」と聞かれた皇帝は「ええ」と事もなげに答える。


「元老院はイリュリクムを要求するかもしれん。あそこを押さえれば自由都市ヴェネツィアの妨害がしやすいしな」


 マルクスがさらに補足して言った。


「ああ、ジェノバに利権を持ってるレントゥルスの差し金だな。それなら俺も聞いている」


 ピーターがぞんざいな口調で答えた。


「いずれにしても大勢に影響はないだろう。我々にできるのは最後の一人勝ちに向けて牙を研ぐことだけ」


 幹部ロードたちの眼に火がともる。ある者の眼にはゴールに向けた情熱が、ある者の眼にはこれからを伺う冷静さが、またある者の眼には何をしてでも目的を達成するという覚悟が。


「血はこれからも流れ続ける。そればかりは避けられるものではない」


 皇帝が静かに他の幹部ロードに向けて語り始めた。


「少なくないロードがこの組織の矛盾に悩んでいることと思います」


 グレゴリウスが大きく深呼吸した。


「確かに、人類救済をうたっておきながら戦争を煽るのは矛盾しています」


 しかし、と皇帝は続けた。


「我々は人類最後の希望です。この希望の砦が崩れれば、明日はないも同然。七つの丘が歴史を変え、そしていつしか、すべての人が希望を持てる世界を……」


 暗く陰鬱な地下室は、歪な覚悟で満ちている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る