EP14 大罪
ミラノの元老院は魑魅魍魎の巣窟と化していた。腐敗は頂点に達し、賄賂、脅しが当然のようにまかり通っている。
そのような腐敗した議会の頂点に立つのが御三家と言われる家。いずれもコルネリウスに連なる名門だ。
南イタリアとシキリア属州に広大なラティフンディアを有するコルネリウス・スッラ家。現在の家長はナルシントゥス・コルネリウス・スッラ。古代ローマの執政官に連なる名門だが、養子の系譜で血のつながりはない。
北イタリアの貿易港ジェノバを掌握するコルネリウス・レントゥルス家。現在の家長はボルベンティヌス・コルネリウス・レントゥルス。こちらも古代ローマから続く名門の家系だが、一度断絶した家をほとんど無関係の他人が立て直したに過ぎない。
そして、アエギュプトゥスにラティフンディアを有し、帝国東部の食料を支えるコルネリウス・スキピオ家。家長は元老院議長を務めるアルトゥス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス。アフリカヌスの称号はゲルマン人の侵攻からマウレタニアを守ったことによるようだが、その話はどうも信用ならない。おそらく先祖を意識した箔付けなのだろう。
このような状況でも一応議論自体は行われている。共和政の伝統はすでに潰えたかに見えるが、その片鱗はかすかに残っているのだ。
「議長閣下、アエギュプトゥスは危機的状況にあります」
発言しているのはマルクス・コルネリウス・ラヴェンナ。七つの丘の幹部は敵地でまさに任務を果たさんとしていた。
「続けたまえ」
小太りの議長、アルトゥス・スキピオは厳粛に続きを促した。
「実に、元老院の
マルクスは円形の議場の中心に立って精一杯声を張り上げる。
「私がはっきりと申し上げることができるのは、もうこんな不正に屈することはできないということです。アエギュプトゥスが襲撃され、黙って講和するような真似はかえって我らの危険を煽るものに違いないのです」
語気は徐々に強まってヒートアップしていく。
「皆さんの中にはこの戦争に意味がないと考える人もいるでしょう。しかしこの戦争は短期的な成果のみを強調すべきものではありません。むしろ帝国において恒久的な地盤を我らの子孫に残すための聖戦なのです。
……つまり、我々は行動を起こすべきです。しかしながらそれは何もいたずらに血を流すことを意味しません」
議場がざわつく。そのすきにマルクスはムスリムの手記を取り出した。
「これは、アレクサンドリアにて”無実の罪”で処刑されたムスリムの手記です。これをアラビアのカリフに送れば、我々にとっては大きな利益になるだろうことは言うまでもありません」
再び議場がざわつき始めた。所々で野次も飛んでいる。好意的なものと悪意的なものが半々くらいだろうか。やはりルキウスのようにはいかない。
いや、そもそもムスリムが嫌われ者であることを考えれば上出来と言えるだろうか。人種的にも、信仰の面においても、ムスリムというレッテルはローマ帝国全域で奴隷以下の待遇を受けるのに十分すぎた。
「議長。私は今、速やかな対応が必要と考えます。アラビアを動かせば必ず情勢は動きます。採決を! ともあれ教会派は滅ぶべしと考える次第であります」
拍手喝采とはいかなかったが、及第点だ。スキピオ家を動かせば後の票は勝手についてくる。採決票に賛成と書き、箱に入れた。
投票の結果は賛成213に対して反対172と思ったよりも賛成に傾いた。マルクスは満足のいく結果になったことにひとまず安堵した。
だが、まだ終わってはいない。この後、正しくアラビアが軍事侵攻を開始し、教会派が押し込まれなければ意味がない。そして、最終的には多くの人が死ななければ小麦の値は上がらない。
恐怖が人を支配する。ふとマルクスは自分たち七つの丘も彼ら元老院とそう変わらないのではないかと思った。
自らの利益のために、他者を犠牲にし、それを正当化する。
マルクスは邸宅へ帰る馬車の中で大きく首を振ってその考えを打ち消した。
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