祭典
Dolly
告白
自分が醜い。自分は酷い人間である。
常に周りの目に怯え、常に自責の念に駆られている。
男は外に出たことを後悔した。部屋に籠っているべきだったと思った。町中の声が鬱陶しく感じられた。
初めのうちは一時的に訪れていた心の平穏を乱した人々の声に怒りを感じたが、そのうち男は自分を責め始めた。
彼らは私のことを嫌っているに違いない。むしろ、殺したいとさえ思っているかもしれない。道行く人々は私の一挙手一投足に注目し、私を殺す機会をうかがっているに違いない。まて、彼らにそんなことをする権利があるのか。いや、あるはずだ。なぜなら彼らは正常な人間であり、人間として最低限あるべき姿を保持しているからだ。私は酷い人間で、彼らが最低限の人間であるなら、私は人間ではない。私は常に後悔している。懺悔している。私という人間の存在を謝罪したい。どんな凶暴凶悪な輩であろうと、少なくとも私よりもっともらしい人間である。
男は歩いた。誰の目線も視界に入れぬよう、下を向いて歩いた。
彼らは最も残虐な方法で私を殺したいに違いない。気を抜いてはならない。ある日突然後ろから鋭利なナイフが突き刺さり、私の命は奪われてしまうかもしれぬ。きっとそれは滅悪を欲する大審判の一突きであり、私の肉体は、細胞までも破壊しつくされるだろう。
私は今、心からそうなることを望んでいる。世界中がそうなることを望んでいる。ああ、神よ!私は生きているのだろうか!人間として、生きているのだろうか!
抑えられない衝動に駆られ、男はまたこの桟橋に来た。町と町を繋ぐ橋である。男は手すりに肘をつくと、遠くを見た。橋の向こう町の、さらに遠くの方である。影に隠れた佇まいは極めて冷静沈着で、どこか恐ろしい雰囲気さえ感じられた。
なんと空は暗いんだろうか。恐ろしい。積もった黒い雲は執拗に私を威圧し、私を怒りのままに押し潰そうと言わんばかりである。これが天の裁きというものだろうか。これこそが私を、この忌々しい狂気的な苦しみから救ってくれるものなのだろうか。いいさ、いいさ!受けて立とうじゃないか!私は彼らからの制裁を甘んじて受け入れ、彼らの望むままに消滅してしまおう!ああ、しかし、なんということだ!なんという酷いしうちだ!!
男はうずくまった。うずくまって下を向いたまま時間を過ごした。
男は自分自身を受け入れられなかった。それどころか自分の存在さえもよしとしなかった。彼は完全に人間を失っていた。
一方でどこかに潜む冷静で、微かに倫理観を持った彼の一部は、自分が人間を失った状態であることを自覚し、彼を人間として辛うじて引き留めた。
私は醜い。私は私という人間が醜い。私は生きていても仕方がない。私はクズである。どうしようもないクズである。
彼らは私を嫌う。死んでくれと言う。
彼らがそう思うなら、彼らがそう思う以上に私は私が嫌いである。私を最も嫌うのは当然の事として私自身である。であれば、私に裁きを下すのは私自身であろうか。終わりのない苦痛に終止符を打つのは私であろうか。あるいは、誰かが私を救ってくれるだろうか。だとすれば誰がいるのか。誰が私を救うのか。
男は考えた。そのうち頭を掻きむしって一瞬視線だけ上に向けたあと、また視線を地面に向け直した。すると彼は、ゆっくりと顔面に狂気じみた満面の笑みを浮かべ、心の中で笑った。
ああ、私は人を殺した。善良な人間を殺した。なんという、なんということを!醜い…!私は醜い人間だ!それなのに、なぜ私はこんなに興奮しているのか。あの瞬間に感じた、味わったことの無い高揚感が頭から離れない!ああ、気持ちいい…!なんと気持ちいいことだ!私は醜い人間だ!
男は喜びに悶えた。体の奥底から正体不明の熱い何かがこみあがって、彼の体は小刻みに震えた。次の瞬間彼の目には涙が浮かび、そのうち人目もはばからぬ程大声で泣いた。彼は死のうと思った。しかし、男の中の天使と悪魔はそれを引き留めた。生物的な死という、男にとって最も楽な方法を彼らは奪った。
男は動けなかった。
祭典 Dolly @kandoriru
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