第14話 店長の話

 母が亡くなってから二週間ほど、ライブハウスのアルバイトを休んでいた。

今日は早めに店に入ると、店長だけが出勤していた。

店長に長い間休んでいたことのお詫びを言った。


「いろいろたいへんだったなあ」

店長はわびる常二に声をかけた。

「もう落ち着いたか?遺産整理で、もめたりしなかったか?」

「何も残していなかったので、大丈夫でした」

「君は、これで一人きりになったのか」

「ええ、もともと母と二人だったので」

「そうか…寂しくなったな」

「大学は続けられるのか?」

「なんとか授業料を作って続けようと思っています」

「君さえよければ、もっとシフト入ってもらってもいいよ」

「ありがとうございます。その時にはお願いします」常二は頭を下げた。


 店長は、母親と二人暮らしをしているそうだ。母親の体調がよくなく、介護をしている。

店長は常二に座るようにすすめ、カウンターに二人並んで腰掛けて話した。

今日の店長は珍しく饒舌だった。


「僕は二十歳過ぎの時に大切な家族を震災で亡くしてな」

初めて聞く話だった。

「東京でバンドがメジャーデビューの直前まで行っていたけど、稼ぎがなくて」

「当時結婚したばかりの妻と生まれて間もない赤ちゃんをあいつの実家の神戸に帰していたんだ」

「僕だけが東京に残り、バンドを売りに出そうともがいていたときに、あの震災があって」

そこで店長は話を切った。

常二は思わず店長の横顔を見つめた。


「あいつの実家は全壊し、下敷きになって二人とも死んでしまった」

「あいつの両親も一緒、四人とも遺体で見つかった」

「二十歳で死んでしまった」


「賀集君は今いくつ?」

「二十一です」

「そうか、あの子も生きていたら、ちょうど君ぐらいになってるのか」

そう言うと店長は常二を見た。

常二は聞いていると胸が苦しくなり、涙があふれ出した。


「僕はバンドを止めて、こちらに帰ってきて、そのあとは職を転々とした」

「母が病弱だったから、世話をしてきた」

「音楽で食う夢は諦めたが、音楽と関わっていたくて、今の仕事をやってる」


「いろいろなことが偶然そうなっていくんだよ。辛くてもそれを受け入れて、生き続けていく」

「君も若くして母親を亡くしたのは、偶然の一つなんだ。それを受け入れて前に進んでいくんだ」

「君は決して一人でない。必ずまわりに、励ましや助けを与えてくれる人がいる」

「僕にもそんな人がいたから、死なずに今まで生きてきた」


 店長のことばが常二の心に深く届いた。いつまでも母の死とわが身の不幸を嘆いていても仕方がない。

自分以上の深い悲しみを背負って生きている人が目の前にいる、常二はそう思うと少し勇気が出てきた。


店長は、

「好きな人がいるなら、今の瞬間、瞬間、大事にしてあげろよ」

「死んでしまうと、大事にしてあげたくてもできない」

「後悔ばかりだ、あの時もっと大事にしておけばとね」

「これがあとあと苦しい」


常二は美彌のことを考えていた。

大事にするからと口では言いながら、本当に美彌を大事にしてきたのだろうか。

好きだから、お互い気に入っているからというだけで、一緒にいる、ありきたりの関係になっていないだろうか。


「そういえば、よく来ているあの美人が彼女か?」

「はい」

「彼女もお前のことがきっと心配でたまらないだろう。泣かすなよ」


店長と並んで話していると、まるで父親と話しているような気がしてきた。

常二は父に会ったこともないが、おそらくこんな感じで話をするのだろうなと思うと、なんともいえない気持ちになった。

店長は、家族を失ってから二十年以上も生きてきた。その歳月は途方もなく重いもののように思えた。

常二の父がどこかに生きているとすると、二十年ほどをどんな思いで生きているのだろう。


 店長も、人には決して話さないことを僕に話して、僕を救おうとしてくれている。

本当にありがたいことだ、常二は感謝の気持ちで何かに祈りたくなった。

心の中で店長と、亡くなった奥さん、お子さんに手を合わせた。

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