第3話 アルバイト先で
店長に頼んでアルバイトに雇ってもらい、手伝いを始めた常二は、週末の金、土曜日の二日間、元町のライブハウスで働いた。
接客にも慣れてきたが、仕事を終えるのが十一時過ぎになり、それから電車で四十分かけて下宿まで帰ると零時を回ることになる。帰宅すると、そのまま寝てしまうことが多かった。
金曜の夜には店は満席になり、注文をさばくだけでも忙しかった。
店長は厨房で、フロアはベテランの男女の店員が一人ずついるのだが、常二と三人でも廻っていないくらいだった。
店のドアが開いて三人の若い女性客が入ってきた。
テーブルの片付けをしながら、いらっしゃいませと言ってその客を見ると、一人の女性客と目が合った。
「賀集君?」名前をすぐに呼ばれたので、
思わず、「はいっ」と返事を返した。
顔を見ると、大学の美術概論の授業で再会した女子学生だった。
「ここで働いてるの?」と笑顔で常二に近づく。
後ろから連れの二人もついてきた。
「うん」と言って、「お久しぶりです」とあいさつした。
たしか、阪上美彌、そう言っていたなと思い出したが、つい間違って、
「阪下さん」と言ってしまった。
「阪上でしょ、ひどい、間違えて」機嫌を損ねた顔で常二を見る。
「はいはい、よくあるお約束でしょ」連れの一人が笑いながら、割って入る。
「そう、ボケでしょ、美彌、そんなに怒らないの」もう一人もなだめる。
「ひどくない?」二人に同意を求める美彌に、先に口を開いた方の女が
「いいじゃない、美彌、こんな素敵な人、どこで知り合ったの?紹介しなさいよ」と言ってごまかしてくれた。
「文学部の賀集君。同じ二回生」美彌が言うと、
「社学の佐知です」「商学部の美和です」と二人は名のった。
「よろしくね」と笑顔で手を振る二人に、常二は満面の笑顔で答えた。
席に三人を案内して、飲み物の注文を取り、カウンターに戻った。
この夜は、ジャズのグループが何組か出演することになっていた。飲み物を美彌の席に運んだとき、
美彌はその中の一グループに知り合いがいるので見に来たと説明した。
食事や追加の飲み物を運んでいくたびに、佐知や美和から、
「どこで知り合ったの?」とか「美彌のどこが好き?」とか、酔いに任せて話しかけてくる。
冷やかされて、たじたじとなる。
美彌はそのたび、「ちょっと」と連れに注意したり、「ごめんね」と常二にわびたりした。
ライブも終わり、客の大半が店を出ても三人は残っていた。
「今夜はご来店ありがとうございました」と常二があいさつすると、
美彌は、「いつお店に入ってるの?」と聞いてきた。
「だいたい金曜と土曜の夜」
「また来るわ」と言ったあと、「月曜の3限、空いてる?」と聞く。
「うん、空いてる」
「じゃあ、学食のカフェで待ってるわ、来てくれるでしょ」
「いいよ、月の3限ね」
「名前を間違えたお礼をさせてあげる」
「バイバイ」と手を振った。
「はいはい」常二はわざととゆっくり言って、美彌を見送った。
連れの二人は、そのやりとりを見て笑い声を上げた。
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