陸上世界ランカー
夕日ゆうや
走る意味。
走る。走る。
ひたすらに走る。
それしかできないから。それしか特技がないから。
小さい頃から父さんに指導してもらい、走り方の練習をしてもらった。その経験が今も生きている。努力が結果に結びつくと信じている。だから今も走る。
雨の日も、風の日も、雪の日も……。
毎日のように走り込み、脚力を鍛えている。
そうして培ってきた経験が今も生きているのなら、それは本望だ。
他のことに打ち込もうとしても、うまくいかなかった。集中できないのだ。常に走ることを考え、ベストパフォーマンスで走る心地よさを追求した。
根っからのスポーツマンなのだ。俺は。
陸上選手。その全国大会が近い。
俺には両親の願いと、同級生からの熱い信頼を期待されている。これまで通りにはいかない。
今度こそ全国で優勝してみせる。その期待を胸に俺は走る。
走っている間だけ、生きていると思える。生を感じるのだ。
だから……といえば嘘になる。
最初は両親の笑う顔が見たくて走っていたのだ。その先にあるものがどんなに遠いのかも知らずに。この世界に踏み出した。
走って記録をとる。それだけの簡単な世界だ。記録を競い合う世界。
ライバルはいる――
そんな彼と一緒に走るのは楽しい。普段は羨望や嫉妬、憎しみという感情になりがちだが、走っているときは平等でいられる。走っている間は何もかも忘れられる。
「走ると気持ちいいな。だろ? 冬弥」
「は。ちげーねぇ……。でもいいのか?」
「何が?」
「世界にいくなら、彼女も連れていくのか?」
「当然、付き合っているのだからな」
「そうか。俺は彼女いないけどな!」
「なんで怒るんだよ。先に聞いたのはそっちだろ?」
「別れると思っていたんだよ」
精神的なつながりがある方がメンタルは安定する。その代わり、俺は走ることに集中していた。人生を〝走る〟ことに費やしてきたのだ。
家族の支えがなければここまでこれなかったのは分かっている。だが、俺にも精神的なつながりがほしい。
端的に言ってしまえば彼女がほしい。生きている証。生きている意味。そういったものを〝走る〟以外にも見いだしているのだ。それが動物の本能とでも言うべきなのか。
とにもかくにも、今は走ることに集中したい。俺はモテないから、こんな形でしか自分を表現できない。
走り続ける。そうして自分を表現してきた。口下手なのはしかたない。それでも俺は走る。成長はまだしていく。まだ高校生なのだ。社会に出ればもっと素敵な出会いがあるかもしれない。
そう心を平穏に保つと、コーナーを走り抜く。
隣で併走していた敦が苦悶の表情を浮かべる。
――勝ったな。
心の中で呟くと、俺はさらに速度を上げる。
『ゴール!!』
『世界新記録です!』
その言葉に俺は震えた。
世界を超えた。
俺は世界ランカーを超えたのだ。
ずっと走りこんだのはこの瞬間のためにあったのだ。
俺は今日、金メダルを手にした。
感染対策を施された会場は人がまばらで少しさみしい。でも、俺はやりとげた。
今まで支えてくれた恩師、家族、先生、同級生に感謝を捧げたい。
俺はここにいるぞ。
そう高らかに宣言して。生きる意味を持って。
陸上世界ランカー 夕日ゆうや @PT03wing
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