僕の店に毎日のように寄ってくる君がただただ可愛いって話

一葉

女子高生は『非行』に走る

「……ぐぬぬぬ」


 甘い匂いの漂うある商店街のスイーツ店。


 そこには、犬かと突っ込みたくなるような唸り声を上げながら顔をしかめている女子高生と、それをニヤニヤとしながらただ見つめる男子大学生の姿があった。


「うちのショートケーキは細部までこだわられているんだよ。オススメポイントでいえば、スポンジ生地は柔らかく口溶けがよくなるよう手間を掛けていて、それもミルキーな生クリームに苺のちょうどいい甘さと酸味が合わさって……」


 男子大学生こと僕は、ショーケースの中に設置されたショートケーキを指差しながら、魅力を淡々と語り続ける。


 ……じゅるり、と女子高生。


「どうっ、買ってみません?」


 ショートケーキの良さを語り尽くしたところで、おすすめする。


 彼女の顔には『買いたい』の一択のみ。


 けれどもこうして『ぐぬぬぬ』と唸り声を上げているのには彼女なりの考えがあってのこと。


 簡単な理由である。女子高生な彼女は思春期真っ只中。少なからず体重を気にするお年頃。もしかしたら、好きな人、なんてものも存在するんだろう。


 そう……つまりスイーツを買うということは、彼女にとって『非行に走る』ことに等しいわけだ。知らんけど。


 ……だって、恋愛とは無縁の人生を過ごしてきたからな。……うん。


「……もう、私はダイエットとかしようと考えているのに、なんで桜木さんは誘惑してくるかなぁ」


「まっ、商売ですから」


 それと、彼女には何があっても言えないけどもう一つ。


 むむむ〜、と変な唸り声を出しながら誘惑と葛藤する彼女が可愛いから。


 ……いや、断じて変な意味ではない。確かに彼女は今どきの女子高生って雰囲気を醸し出してはいるけれど、……その、ころころと変わっていく彼女の顔が面白くて、ずっと見ていられるってこと。


 買ってしまおうかと笑顔になれば、でもやっぱりダイエットがと困り顔をする彼女。いくつ感情の引き出しがあるんだろうか。


 まぁ、これらをすべて彼女に話したりでもしたら警察沙汰になりかねん。ただただ葛藤する彼女をじーっと見ていた。


「プレゼン上手いよねぇ、桜木さん。私の扱い方説明書でも持ってるの、ってくらい私の心を掴んでいくじゃん」


 ニカッと笑顔を顔に浮かべながら僕の名前を呼ぶ。


 僕と彼女は本来他人……というのに、こうも心の距離がさほど遠くないのは、彼女がここの常連であり、よく来てくれるからだ。


 つまりは互いが顔見知り。


「んー、どちらかと言えばあなたが分かりやすいから、ですよ?」


「え、……そ、そう?」


「はい。学校とかでも分かりやすいとか、言われたりしないんですか?」


「……そういえば、よく言われる」


「ね」


「ね、じゃないよ。……でも、どうしよ。見るからに美味しそうだし買いたいところだけど、こういっちゃ悪いけど太りそうだよねぇ……」


 はぁ、とがっかりしながらため息を吐く女子高生。ガクッと肩を落としているから、それほど食べたかったんだろう。嬉しいことだ。


 それなら……


「あ〜あ。買ってくれたら店の利益となって、僕が助かるかもしれないなぁ。もしかしたら、ボーナスをくれるかもしれないなぁ」


 僕はわざとらしく、そして彼女に聞こえるようにそんなことを言ってみせた。これぞ悪魔の囁き(?)である。


「…………買う」


 僕の言葉は、彼女が『非行』と考えているスイーツを買うことに対して罪悪感を減らすことに成功したらしい。


 ふっふっふ。今日も勝ちだね。


「──ショートケーキ2つ」


 ……え。


 ショーケースからショートケーキを取り出そうとしていた手の動きが固まる。


 2つ、それが何を意味するのかくらい僕でも理解できる。おそらく、彼氏、あるいは好きな人が彼女には存在しているのだと。


 一人で食べる可能性がないことはないが、一人で違う種類ならまだしも、同じものを2つ食べるとは考えにくい。


 彼女は罪悪感が減ったからと言って、ダイエットのことを完全に忘れているわけじゃないから。


 友達……と考えたいけれど、その可能性も考えにくい。友達ならまず一緒にここに買いにくればいいし、サプライズとも捉えられるが、……可能性としては『彼氏や好きな人の存在の可能性』の方が多いと思う。


「……どうぞ」


 何故だがよくは分からないけど、ひどく脱力感が僕を襲った。どうしてか、急に気分が優れなくなった感じで。若干顔をうつむかせながら彼女に包装したショートケーキ2つを手渡す。


「……ありがとう、ございました」


 なんで、こんなにも。嫌な気分になるんだろう。


「──ん!」


 彼女の声が聞こえたと思うのも束の間、今買った2つのうちの1つを僕に差し出してくる。何がなんなのかよく分からず、僕は頭にハテナを浮かべた。


「……え、これは?」


「……ぷ、プレゼント」


 彼女はボソッと小さく呟いた。


 そう言葉を紡いでいる彼女の顔は、多分ほんのりと赤く染まっていた。


 まぁ、ということで彼女は結局、彼女にとっての『非行』に走ってしまったワケなのだけど。

 

「……ありがとう……ございますっ!」


 そんなことを考えている僕も多分、学校でも高嶺の花であろう、そうでなくともそれくらい美しい彼女に対して『非行』な感情を抱き始めていた。


 ……僕は多分、彼女からすればちょっと仲のいい店員さんであり、恋愛対象外だろうけど。


 でも、それでも嬉しいことには変わりない。みんなだって、好きな人からのプレゼントは些細な物であろうが嬉しいはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の店に毎日のように寄ってくる君がただただ可愛いって話 一葉 @ichiyo1126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ