第19話 緑に映える白亜の城
前回のあらすじ:
村で食事と買い物をしたら冒険に出発だ!
* * *
シャトルバスを降りる。ここから先は城まで山道なので気を引き締めて行こう。
飲料水よし! お菓子よし!
(城内ではカフェ以外で飲食禁止だが、飲食物はあるほうが安心する)
着くのが待ち遠しい一方で、なんだかこの山地全体がノイシュヴァンシュタイン城の庭に思えて歩いているだけでワクワクする。
ノイシュヴァンシュタイン城は、19世紀にバイエルン王ルードヴィヒ2世によって建てられた。王の中世への憧れのため、中世の物語をモチーフにした装飾や中世風の意匠も見られるが、近代の建築物である。
旅行ガイドブックにカラー写真が載ったのを機に知名度が急上昇したという、フォトジェニックなお城だ。
現代に生きる私たちにおいては、中世に限らず昔の意匠が再評価され当世風にアレンジされて流行することはしばしば起きる……といったことを頭の隅に置いておくと、いろんな混乱を避けられるような気がする。
まず、マリエン橋を目指す。ノイシュヴァンシュタイン城が良く見える絶景スポットとして大人気だそう。
しかし、橋にかなり近づくまで私たち以外の旅行者にほとんど遭遇しなかった。聞いてはいたが、あのシャトルバスはほとんど唯一の交通手段だったのだ。
本数は多くない。たしか20〜30分に1本。私たちのツアーの他にも少し乗客がいて満員だったが、降車後の彼らの歩みが速かったようだ。
人気に対して意外なほど道中は静かだったが、みんなの共通の目的地である城に入場制限があることを思えば妥当なのだろう。
マリエン橋が見えてきた。さっきまでがウソのような混みっぷり。世界中から観光客がベストショットを狙って押し寄せるのだ。当初は木造だったそうだが、改築して正解だと思う。
深山幽谷というには賑やかすぎるけれど、地形だけでいえば洋風の緑の水墨画だ。下を見れば足が竦む高低差。混雑していても暑苦しく感じないほどのスリル。
橋の欄干に凭れる最前列に来てみれば、緑の山上に浮かび上がる二つの城。
白亜のノイシュヴァンシュタイン城と、少し遠くに小さく見える、クリーム色のホーエンシュヴァンガウ城。周りの緑と色彩の対比が美しい。
私の心はすっかり白亜の城にフォーカスした。巨大な建物を二つも視界に収める距離があり、その間に足がすくむほど深い谷。にもかかわらず、この風景は私のものであるかのような錯覚が生まれた。
携帯電話付属のカメラを構えたときはさすがに現実に戻り、ここから落としたら絶対に取り戻せない……という緊張感で指にうすく汗が滲んだ。
さて、最前列の特等席を次の人に代わって反対側を見てみると、滝が! 真っ白い飛沫を上げてはるか眼下には滝壺が渦巻いている。これも撮る!
私に声をかける人がいた。鉄道の写真を撮りたかった旦那さんだ。デジタルカメラのシャッターを押してほしいという。デジカメを私に預け、お城を背景に奥さんと並んだ。
引き受けたものの「シャッターと同じボタンをいちど軽く押してピントを合わせる」(※)という動作に慣れない上に人通りが多くて焦ったので、残念な画像に。
謝ってカメラを返した。
そのときは笑って許してくださったが、
「カメラ付ケータイで満足するような人に頼んだってダメよ。いいカメラを持ってる人でないと」
奥さんが旦那さんにそう言うのが聞こえてしまった。申し訳ないけどその通りです。
橋の向こうへ渡るのではなく、引き返してきたように記憶している。
再び樹々の間を縫うような坂道を歩いてゆくと、やがて、屋内でいえば階段の踊り場のような平らなところにきた。
大道芸人が、手回しオルガンのような楽器の語り弾きをしている。ロマンだ! その楽器は後にネットで見たハーディーガーディーに似ている気がする。
聴いているうちに同じツアーの人たちに追い越されていく。ほかのツアーの先頭集団みたいな人たちが混ざってくるのを潮時に、投げ銭をして歩き出した。しばらく聴いていながら歌詞は全く聞き取れなかったが
* * *
もうしばらく山道を歩くと、いよいよノイシュヴァンシュタイン城が真近に見えてきた。石造りの城壁。足元の道も石畳だ。
正面入口は白亜の城でただ一カ所、赤煉瓦に彩られている。夢の世界への入り口だ。
広々としたテラスに出た。そこで予約時間を待つ。
16時15分に城内の展示室に入れる。
正面に見える壁の高いところ、窓の両脇に男女2人の人物が描かれている。向かって左の、龍を退治している男性は聖ゲオルギウス(ジークフリートではないんだ……)。右の女性はババリア。バイエルンを擬人化した女性像と聖母マリアが融合した……という理解で良いのだろうか?
テラスに隣接するトイレが2箇所あって、片方は普通の洋式トイレ。
もう片方は昔風の、個室の仕切りのない、穴の上に座って用を足すタイプのトイレだという。普通がいちばん。というわけで普通のトイレを済ませた。
昔風のは実際どうなっているのか、ちょっと気になるが、扉を開けることはやっぱり出来ない。
本当にそこでしている人がいたらどうするの?
結局、添乗員さんの説明以上のことは分からずじまいだが、それでいいと思う。
私たちはテラスからの眺めを大いに楽しんだ。山の緑の斜面と灰色の道を見渡し、壁画を見上げて過ごした。
関係者以外入れなさそうな扉に続く階段を上ってそこからの景色も見た。
そして写真をたくさん撮った。
やがて予約された入城時間が来た。
私たちは列を作って、城内専用の音声ガイドを籠から一つずつ受け取りながら入る。
一つの団体は皆おなじ籠だが、何故か私のだけフランス語だったので取り替えてもらった。
まるで「こいつはモン・サン・ミッシェルで迷子になった分フランス語を聞く時間が少なかっただろう」と天使とか妖精とかがお節介をしたようで少しおもしろかった。
展示室内は撮影禁止なので、心のファインダーに全集中だ。
(次回、ノイシュヴァンシュタイン城の内部!)
※ 当時のカメラ付き携帯電話(スマホではなく!)のなかにもそうやってピントを合わせる機種があったが、私のはそうではなかった。
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