一話完結

Norider77

検索エンジンが生み出す監視社会

「久しぶり。すごいオフィスだな。六本木の一頭地に。」


「まあな。とりあえず座れよ」山田は久しぶりの再会を喜びながら、ソファに腰を掛けた。紺のスーツを着こなした眼鏡の似合う高木は慣れた手つきで茶碗を差し出した。茶碗から懐かしい匂いがする。


「誰かを呼ぶときは、その人の地元のお茶を出すようにしてるんだ。」高木は向かいのソファに浅く座って、茶碗を手に取った。


「なるほど。どうりでなんか懐かしいなって思ったんだ。にしてもマメなところは変わってないな。」


「いや、茶出しはビジネスの処世術の一つだ。おかげで何度も投資の交渉がうまくいっている。」高木はゆっくりと茶碗を置くとハンカチで口元を拭いた。所作には洗練された雰囲気が醸し出されている。


高木は大学で経済を専攻していたときの同期で、当時から人が思いがけない発見をするのが得意な男だった。スーパーでレジの近くにパンがある理由を教えてくれたときはさすがに驚いた。そして、誕生日にさりげなく渡したりと気が利く優しさも持ち合わせていた。


「しかし、驚いたよ。大学の同期が時価総額20兆円の社長だなんてさ。」山田は大学の頃から求心的な高木が何か成し遂げるだろうなとは思っていたが、日本を牽引するような会社を作ったなんて未だに信じられなかった。


「ま、全てはこれのおかげだ。」高木が顔を向けた先には、電話ボックスほどの黒いスクリーンがあった。


「画期的だよな。検索ワードを投影することで性格を探ろうだなんて。」

山田がスクリーンの前に立つと等身大の影が現れた。影は文字列で構成されていて、よく見るとそれぞれ読むことができる。その文字列は、影の前に立った人物が検索した言葉で構成されているのであった。山田が今日の朝調べた「上手な話し方」という検索も発見できる。


「それは初号機だから検索ワードがそのまま出てくるんだ。最新機は検索ワードの繋がりを見出すからもっとわかりやすい。」高木はちょっと自信げに説明した。山田は改めて高木の潜在的な観察眼に慄いた。


「コミュニケーションが過疎化した今は、いかに同じ感性を持つ友人を見つけるかが大事だからな。これは皆が思っている仲良くまでの面倒な過程を一つ飛ばすことができる。話す前に性格がわかるからな。そして、アプリ化されたのがきっかけで急激に伸びたな。」


「でもアラクネットが封鎖されたときははビビったぜ。赤字が50億だったよな?」山田はいつも使っていたアラクネットが封鎖されてから、初めて高木が社長だったことを知った。大学の4年間でいくら一緒でも卒業すると疎遠になってしまう。


「そうだな。あのときは大変だった。そしてこれはアラクネットから来てるんだ。自由で誰からも傍受できない検索エンジンを作ったんだが、結果としては犯罪の蔓延る原因になってしまった。そして政府によって潰されてしまった。だから、逆にすべてをオープンにしてみたらと考えたんだ。インスタやスナップチャットが流行っていて、個人の情報を公開することへの抵抗がなかったからな」


冷静だった高木が妙に熱っぽく語った。そして、山田は本題に入った。


「それにしても天下の社長さんが急に用だなんて。どうしたんだ。」

「そういえば、山田は経済学部卒業後に有名上場企業を蹴って、医学部を受けなおしたよな。」

「そうだな。親父が脳出血で危篤になったのがきっかけだった。」

「ここで話すことは他言しないでほしい。」


すると高木はここ2週間内であったことを丁寧に説明した。どうみても体に異常があるのは明らかだった。そしてなんで病院を受診しないのかもわからなかった。


「病院や薬を調べると、検索ワードに悪い影響が出るんだ。こんな重要な時に社長がネガティブな印象を持たれると悪いだろ。」高木の会社はアメリカへの進出を控えていた。


「お前、自分の体のことだぞ」

高木は変わってしまっていた


「俺もそんなことはわかっている。でももう止められないんだ。」

そう語る高木は、なにかに取り憑かれているようだった

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