命短いセミだった少年、裏を返さば単なる無鉄砲。さあ、恋を手に取って戦場へ。
ぴこたんすたー
第1話 弱者の冒険の始まり
太陽がギラギラと照りつける夏。
僕たちの輝かしい季節がやって来た。
大人になり、大きな空を飛ぶことを夢みて、僕は長年、地中の村で暮らしてきた。
そう、僕は夏の風物詩である、昆虫のアブラゼミだ。
特に名前はなく、個体番号731と呼ばれている。
「おおっ、中々いいヤツがいるぜ」
だけど、社会に羽ばたく成虫になるために地底学校を卒業し、地上の世界に出たのも束の間、僕は大きな人間に捕まってしまった。
相手は小学生くらいの男児か。
僕はジタバタともがくが、人間の握力には敵わず、どうにもならない。
長い間、暗い土の中で過ごし、先生の授業の話からでしか分からなかった外の世界。
ようやく未知の風景が見れると思ったらこれだ。
僕のセミとしての生涯もここまでか……。
「コラッ、何やってるのよ。
「あっ、
「もう、セミなんて食べれないでしょ。それに成虫前のじゃん。逃がしなさい」
「ええー、これ友達に見せたら喜びそうなのに」
「駄目よ。奇人変人ゴッコなら
「ならさあ、偽造でもいいから海外行きのパスポート作ってくれよ」
「あんた、本気でこのセミを調理する気かい! ちょっと、それよこなさい!」
「あっ、何すんだよ!?」
水色のワンピースで黒髪ロングヘアーの『邪音』と呼ばれた美少女が、白の半袖、半ズボン姿の丸刈りの少年から強引に僕を取りあげ、近くの草影にそっと置いてくれた。
「気をつけなよ。もうこんな子供に捕まらないでね。元気で暮らしてね」
僕は、そのご丁寧に優しく手を振る少女に感謝しつつ、その場をあとにした。
僕は今まで誤解していた。
人間の中にはいい人もいるもんだなと……。
****
「なんだと、お前、人間になりたいだと!?」
「そうなんだ。僕、あの日からその人間の女の子が好きになっちゃってさ」
僕は無事に自宅のほら穴に戻り、葉っぱの夕刊新聞を読みながら仲間たちの無線を聴いていた大人のセミの父さんに、蜂蜜酒を飲み過ぎた酔っぱらいのように、この熱い想いをぶちまけた。
「だが、私には見当もつかんが……」
「そう言わず、何とかしてくれよ。このまま、悶々と眠れない夜を過ごすのは嫌だよ」
「うむむ……そうだな。もしかしたらこの村の長老様なら何か知っているかも知れんな」
「やりぃ、長老だね。そうと決まったら善は急げだ」
「おい、ちょ、ちょっと今は待てい!?」
僕は夕暮れにも関わらず、父さんの言葉の投げかけを聞き流し、長老ゼミが住んでいる樹齢100年足らずの大木へと突入するのだった。
一足早く、一皮剥けて翼を生やした同世代の男子の大きな背中に乗って……。
****
「いやー、いい飲みっぷりじゃのう」
「きゃはは、おじいちゃん元気すぎだって。あたしの体がもたないわ」
「じゃあ、次はこっちをもらおうかのお」
「いやーん、その豪快な男らしい姿、見ていてゾクゾクしちゃう♪」
『──ドカーン!!!』
フカフカのソファーに座り、セクシーな赤い胸空きドレスのミンミンゼミ女性と黒のタキシードのクマゼミの長老が、樹液酒を仲良く飲んでいたとも知らずに、扉をぶち破り、部屋の中にパイナップル爆弾のように転がり込む僕。
これには酒の酔いもとれたのか、女性も顔つきが点々となっている。
「ああ、あんた……離婚したのは聞いてたけど、こんな暴走的でイカれた隠し子がいるの? こりゃ、せっかくの合コンも
もうあたしゃ、帰るわ」
「ああ、誤解じゃよ。この子はワシの子じゃない。それに君の好きな切り株の蜜でのデートの約束はどうなるんじゃ。愛しき君よ、待つんじゃ!?」
なぜか、朝から姿を見ないなあと感じていたら、今日はセミ同士による合コン、いや、再婚? パーティーだったとは。
泣く泣く
「はてはお主、今日のこのことを知ってこのような強行策を選んだのか。何とか言えい!」
「何とか」
「お主、マジでぶっ飛ばすぞい!」
「まあまあ、そう言わずにさ、合コンなんて生きていればいつでもできるじゃん。それより、ちょっと僕の話を聞いてよ」
「それはワシの老い先短い求愛行為よりも大切なことなのかの……?」
「ああ、浦島次郎の開けてビックリ騙し箱だよ」
「お主、ワシを騙す気マンマンじゃな。それに浦島○郎に弟がいるとか初耳じゃが!?」
「まあね。タブレット端末の普及で日本史の内容は日々進化しているからね。まあ、それより本題に入るよ」
僕は長老にも、彼女への切なる想いを説明した……。
****
「そうか、それでここに訪ねてきたんじゃな」
長老が僕の座ったテーブルに、今日採れての朝露の飲料水の入った紙コップを置く。
「しかし、惜しいのう。あの長寿の樹液酒を飲み続ければ通常より遥かに数十年は長生きできる選択があるのに、わざわざそれをせずに人間として生きるとはな」
奥にある何個もの酒の入った樹樽を指さしながら、ほうーと困り果てた溜め息を吐く長老。
「……と、言うことはやっぱりこのセミから人間になれる方法があるということか。どうすればいいんだ?」
「何、簡単なことさ。この植物にお主の命を捧げればいいんじゃよ」
長老が桐のタンスをゴソゴソと漁り、一つの細長いモヤシの苗のようなものを僕に放り投げる。
「おっとっと、何でもかんでも投げないでよ。えっと、いや、これは……?」
よく見ると苗だったものの根っこに何やら黒い蟻のようなものが引っ付いている。
「まさか、これがあの納豆菌?」
「いや、それはちと違うわい。これはワシが研究を重ねて作った噂の冬虫夏草の『人になれるバージョン』じゃよ」
長老の話によれば、僕の体にこの人間のDNAの菌を植えつけ、その菌のちからで人間になれるというえらくたまげた発想だった。
セミとしての命を根から養分として吸収し、それを糧にそのまま人間の体へと移す。
まるで出来上がった書類に何度もコピーを刷るかのように……。
だが、激しい痛みや異物の拒絶などの副作用などもあり、場合によっては自我が保てずに、この手元にある蟻のように、その菌に命を奪われる可能性もあるらしい。
『お主は、それでも良いか?』と問う長老の言葉に、僕は首を縦にし、かたことも横には振るわなかった。
「そうか、それなりの覚悟はあるんじゃな。では、時間ももったいないし、即座に菌の植えつけを始めるかの」
「はい、よろしくお願いします」
あの子と対等に話せるなら、なりふり構う暇はない。
僕は賭け事はよく知らないが、今回ばかりは
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