ターフ&ドリーム
私池
夢
平成◯◯年12月 中◯競馬場
「さあ、今年のラストレースも終盤に入ってきました。
第三コーナーから第四コーナーへ
ここでパウエルを躱してルイスが伸びてくる。
ルイスの後ろはボルト、ボルトがピッタリと張り付いてルイスを追う。
パウエルも粘る、まだルイスとは半馬身差。
ここで最後の直線ルイスにムチが入る、ボルトはボルトはまだ動かない。
おっと外側からグリーンとベイリーだ二頭がルイスに襲いかかる!
ラスト二百メートル、ここでルイス、ボルト、グリーン、ベイリーが横一線だ、鼻差でルイスか、ベイリーが躱したか、まだルイスか
ボルトだボルトが来た!
今年もあと百メートルを切った!
さあ先頭はボルトだボルトだボルトが伸びる伸びる、伸びたボルトが今一着でゴールイン!
勝ったのはナカノボルト、二着はオギクボベイリー、期待のヨツヤルイスは三着でした」
「すまん、最後のレースなのに勝たせてやれなかった」
「......」
「お前とも四年か、長い付き合いだったな」
「......」
「楽しかったぜ相棒」
「......」
言葉が通じているのか分からない。 相棒は無言だ。 だが俺たちの心は、魂は通じ合っていると信じている。
俺たちはターフから出て、ウィナーズサークルを横目に検査室へ向かう。
俺も相棒ももうここにくる事はないだろう。
二人、いや一人と一頭は今日を限りに引退する。
長い競技生活だったが、最後の最後に相棒と出会えたのは幸運だった。
相棒とは文字通り「ウマが会った」。
レース展開や読み、動きがピッタリだった。
もし相棒と組んでいなければGⅠになど出場出来なかった俺が、相棒のおかげで三回も出場できて、一勝できたんだから。
相棒との三年はとても楽しかった。
引退後、俺は北海道の牧場に引っ越した。 牧場のオーナーが俺と相棒の事を気に入ってくれたみたいで、一緒にどうかと話を持ってきてくれたらしい。
新天地での生活は快適だった。
冬の寒さは厳しかったが澄んだ空気の中でのびのびと幸せな日々を送った。
一夜限りの恋もした。
落ち着いてからは結婚もして子供にもたくさん恵まれた。
やがて子供達は巣立ち、妻にも去年先立たれた。
おれも歳なのだろう、体が利かなくなり、夢を多く見るようになった。
夢の中でも相棒と走っていた。
レースだったり、草原だったり。
そして今日も夢の中で相棒と走っていた。
何故か今日は夢なのに息苦しさを感じていたが、それでも俺は楽しかった。
雲一つない青い空の下、緑の草原をどこまでも走っていた。
俺達はどこまでも走り続けた。
すると前方に懐かしい顔が見えて来た。
妻だ、彼女は昔の美しいままだった。そしてその隣には、忘れもしない、母の微笑む顔があった。
彼女達に近づくにつれ、景色が白くなり、空も草原も消え、俺は白い光に包まれながら思った。
ああ、俺の一生は幸せだった。
「お父さん、スミスが何か言ってるよ、一生懸命口と脚動かしてる」
「きっと夢を見てるんだよ、競走馬は走る為に生まれてきたんだから、夢の中でも走ってるんだよ」
「何の夢だろう、やっぱり最後のレースかな?」
「意外と小さい時に母親と走ってる時の夢かもしれないぞ? こいつ甘えん坊だったから」
「そうなんだ......」
「それとも奥さんと走ってるのかも」
「そうだね、いつも二頭でラブラブだったもんね」
「こいつ、幸せだったのかな」
「きっと幸せだったと思うよ、お父さんと走ってる時はいつも楽しそうだったもん」
スミスの脚が止まって、瞳から光が消えた。
「て、天国行ったら、ヒック、お母さんと......お嫁さんとまた、また一緒に......ヒック走ってね。 うわぁあああん」
泣きじゃくる娘の背中をさすりながら、俺も涙が止まらなかった。
ありがとう、ムサコスミス。
俺はお前と走れて幸せだったよ、相棒。
ターフ&ドリーム 私池 @Takeshi_Iwa1104
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます