第16話 ステップアップ

「早速歌っちゃおっか」

「う、うん」


 エリがデンモクという機械を持ってきて曲を選び出した。


「へぇ、そんなのあるんだ。便利だなー」

「えーワクミンってデンモク見るのもはじめてなの?」

「う、うん。本当に来たことないんだよ」

「じゃあそんなピュアミンに使い方教えてあげるね。こっち来て」

「うん」

「もっと、ほらここ見てみて」


 俺がデンモクの画面をのぞき込むように近づくと、俺の顔に何かが当たった。


「え?」

「どーお、きもちいい?」

「は、はひ……」

「あん、くすぐったいから動いたらダメー」


 胸だ、おっぱいだ……エリのおっぱいが俺の顔面に当たっている。

 しかし今少しでも動いたらエリの胸に顔をうずめてしまう……

 

「はい、サービスタイムしゅうりょー」

「あ……」

「よかった?」

「う、うんよかった……」

「私、おっぱいは自信あるんだもんねー」


 そう言ってもう一度胸を強調してくる彼女を見て、俺はデンモク云々の騒ぎではなくなっていた。

 いつもエリは積極的でちょっとエロいが今日は一段とエロい気がする。

 これがカラオケの力なのか。だとしたらカラオケとはなんてすばらしい遊びなのだ。


「ワクミンこれ知ってるー?」

「あ、知ってる。俺好きだよこの曲」

「ほんとー?じゃあ一緒にうたおーよー」

「え、俺も、歌うの?」

「カラオケなのに歌わないと損だよー」


 エリはそう言って曲を選択した。

 するとすぐにイントロが流れ出して、エリは俺にもマイクを渡してきた。


「じゃあ私から行くねー」


 エリはとても歌がうまかった。

 どこかのアイドルにでもなれるんじゃないか、なんて表現は彼女だからという贔屓目がなくてもそう思っただろう。


 一方俺は初めてというのは関係なしにボロボロだった。

 声は出ない、音程がわからない、歌詞が目で追えず間違えるという散々で、終始エリに笑われていた。


「ワクミンへたっぴー、声震えてたよ」

「ご、ごめんやっぱりこういうの苦手で」

「カラオケ嫌いだった?」

「え、いやそれは……」


 正直歌って踊ってはしゃぐのは苦手だ。エリが楽しそうに歌っているのを見るのは良いけど自分はちょっと……なのだがカラオケは嫌いじゃない。

 だってなんかエロい。それだけでここに来る価値はあると俺は思っている。


「カラオケは、嫌いじゃないよ」

「ほんとー?じゃあ飲み物取りに行ってまた歌うよ」


 一度部屋を出て二人でジュースをとってからまた部屋に戻る。

 エリはデンモクを見ながら何を歌うか迷う。

 俺はエリを見ながら次、何をされるかと待ち望む。


「ワクミンの童貞卒業記念だから明るいのいかないとねー」

「ど、童貞卒業って……」

「カラオケ童貞だってー。まーたエロいことばっかりだねワクミンの頭の中って」

「……」


 エリが俺の横から画面の前まで移動し、立って踊って歌いだした。

 俺は手拍子でそんな彼女のファンのように音頭をとった。


 そして曲が終わると、エリが俺のところに帰ってきて抱きついてきた。


「あー、スカッとしたー」

「ちょ、ちょっとエリ……」

「んー?暑苦しくていやかな?」

「そ、そうじゃなくて……」


 この薄暗い密室に二人でいるだけでも緊張するのに、そんなに密着されたら俺の理性がもたない……

 胸も、足も、何もかもを触りたい、むちゃくちゃしたいというダークワクミンが俺の心の奥底から目を覚まそうとしてしまう……


 しかしそんなことをして嫌われるのはもっと嫌だ。俺は一度エリから少し離れた。


「あれれ、調子乗りすぎたー?」

「ち、違うんだよ。その……嬉しいんだけど」


 エリを大事にしたい、というこの気持ちをなんと表現したらいいかわからない。

 モニターから流れるライブ映像の音を聞きながら、俺はちょっと真剣にエリに話す。


「あ、あのさ……俺、エリが好きだから……だから大事にしたくって……でもすごくムラムラしてて、その……」

「うん、ワクミンってやっぱり優しいんだね」

「い、いやそうじゃなくて、ただ俺の理性が……」

「そんなに私の体って魅力的なんだー。まだまだ捨てたもんじゃないねー、いひひ」


 しどろもどろな俺に対してエリは明るく振る舞ってくれる。

 そんな彼女がまた俺に近づいてきた。


「おっぱい、触りたいの?」

「え、うん、そりゃ触りたいけど……」

「じゃあ……いいよ?」

「いや、やっぱり……え!?」


 思わず大声をあげてしまった。

 聞き間違い、でなければ俺は今、とんでもないことを聞いてしまった、ような……


「いいよ、おっぱい。はい、どーぞ」

「え、え、え?」

「その代わり、服の上からだよー」

「う、うん……」


 俺は差し出されたエリの胸に手を震わせながら伸ばした。

 揉みたい、なんてよく言うけど実際どれくらいの握力で握ることが「揉む」であって、どれくらいソフトなら「触る」なのか。そんな意味不明な理屈を考えながらも、俺の手はエリの胸に到達した。


 あ、やわらかい……なにこれ、やわらかい……

 やばい、さっき顔に当たった時とは伝わり方が違う……

 服の上からでもわかるこの弾力は俺の脳を刺激して、破壊していく。


「ワクミン、触り方がいやらしい」

「あ、ごめん……どうしたらいいか、わかんなくて」


 いやらしいと言われて一度エリの胸から俺の手は離脱した。

 しかしこの手に残る確かな感触は、俺をおっぱい大魔神へと昇華させるには十分すぎた。


 今まで俺は、女子の魅力は顔や足にあって、胸は気にしたことがなかった。

 大きくても小さくてもいい、なんて思っていて胸フェチの人を小ばかにしていた。


 しかしもう俺はおっぱいの虜だ。おっぱいの囚人だ。おっぱいの奴隷だ。

 ちちという漢字を聞かれたら父ではなく乳と即答するし、麻雀の南入だって柔乳と書いてしまうかもしれない。


 それくらい俺は脳がおかしくなっていた。


「ワクミン、よかった?」

「へ?あ、うん、、よかった……す、すごかった……」

「へっへーん。自信あるって言ったでしょ?でもねワクミン」


 エリは俺の耳元に顔を寄せて息がかかるような喋り方でこう告げた。


「生はもっとすごいんだよ」


 俺はその一言で完全に活動限界を迎えた。

 オーバーヒートした俺の精神はやがて肉体に影響を与え……つまりは鼻血ブーだった。


「あ、ワクミン鼻血!」

「は、はひ……」


 急いでティッシュで俺の鼻を抑えてくれるエリだったが、俺はそんなときでさえエリの胸から目が離せなかった。

 

 そして少し落ち着いた時、エリがゴミを捨てるついでに受付からティッシュを追加でもらってくるねと言って部屋を出て行った。


 すぐにエリが戻ってくると、「鼻血ブー作戦、私の勝ちだねワクミン」なんて言って笑う。

  

 俺は思った。カラオケって最高だ、と。

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