秘密のオカルト研究部!

すいすい

プロローグ

心地よい風が吹く暖かな頃。正門の両端に咲いていた桜は、入学式の時には美しく咲き誇っていたはずが今ではすっかり地面に散ってしまっていた。


ちょっと早すぎない?


「雨月さん、何か言いましたか?」

「え? あ、なにも……」


しまった。

悠を職員室に呼び出した担任の四谷は、腕を組み彼女を見下ろしていた。

悠は手に持つ一枚のプリント用紙に目をやった。

入部届。ひときわフォントサイズの大きい明朝体は彼女の心に重くのしかかるだけだった。



「ですから、出していないのはこのクラスで雨月さんだけなんですよ。今日中に出してもらわないと……わかりますね?」


四谷の眼鏡の奥の瞳が鋭く光るのと同時に、悠の全身が泡立つように震え上がる。

そして、私の唇からやっとこぼれた一言。



「……わかりました」


こんな決まり、あると知っていたなら入学しなかった。どうしてこの学校には必ずどこかの部活に入部しなければいけない規則なんてものがあるのか、悠には理解し難かった。とはいえ他に行きたい高校なんてなかったし、どっちにしろこの学校にたどり着いていたのかもしれないと思うと胸が痛んだ。


「あのう」

「なんですか」

「帰宅部、っていけませんか」

「だめですね」


ーーですよね。


「そんな部はありません」

「……すみませんでした」



はあ、とそれはそれは深いため息をつき、悠は革のカバンを担ぐようにして逃げた。


私って、幽霊みたいだ。

そのままの意味、何にもなくてからっぽでスケスケ。やりたいこともないし好きなこともなく目標もなく無感情で無関心に生きている。

なんとなく母が通っていた学校に通い、なんとなく人生という名の敷かれたレールを進んでゆくのだ。本当の事を言ってしまえばこんな山の麓の小さな町の学校なんて面倒だし通いたくなかった。


どうしてこんなことに。私はこんなことしたかったはずじゃない。でも、本当にやりたいことがあるかと言われたらーー


頭の中を埋め尽くしていく言葉たちと、グラウンドでにぎわう部活動中の生徒たちの掛け声が重く感じる。

私はただ、もう少し静かな場所に行きたいと願った。


そう、静かな場所、静かな場所ーー。

探し求めるかのように、どことも知らぬ場所にふらふらと足を踏み入れる。

外とは真逆に、じとじととして暗い。その中に、ふと違和感のようなものがあった。


人がいなさすぎるのだ。


「え、ここ、どこ?」


外が騒がしすぎるのかは分からないが、あまりにも静かすぎる。世界の人口が自分だけになったらこんな感じなのかな、と思ってしまうほどだった。

この静寂を閉じ込めただけのコンクリートの建物。

それが「部室棟」と呼ばれているのに気がついたのは、一階の廊下に置かれた消火器のラベルのおかげだった。


「部室棟…」


私は少しだけ歩いてみた。もしかしたら誰かいるかもしれない。だが、いつまで経っても広がるのは静かな闇だけ。

気がついたらそこは、物置のような地下倉庫だった。

廊下にただダンボールが積み上げられ、ひんやりとした空気につい顔をしかめる。

こんな場所に人はいるのだろうか……と思ったがなんだかおかしい。なぜか扉の付近は丁寧にものが片付けられているのだ。それに、清掃も行き届いている。

私がふと顔をあげると、ドアに一枚の紙が貼ってあった。


「オカルト研究部ーーあなたのお悩み、解決します。」



悩み。

その言葉に、つい手が伸びた。

というか、不思議と引き寄せられるように、磁石のように、私の指先がドアに触れた。

どちらにせよ今はあれこれ考えているヒマはない。誰か見つけて早く引き返さないと。


「すみません!誰かいませんか!」

必死にドアを叩くが、中から返事はない。

それも当然だ。電気はついていないし誰もいないに決まっている。



だが。

ひとりでにドアがカラララ……と開いた。

このドアの奥には誰もいないはずなのに。


たった数秒ためらってから私は、その向こうを覗いた。

そこに、ソファからはみ出た人間の脚のようなものが見えた。



「ひっ、」


叫びにならない叫びをあげる。

人形か何か、そう信じたかったのだが、静かな寝息が聞こえてきた。

なにこれ、人間……? ここの人?

震えながら覗くと、青年の青白い顔がそこにあった。

固く閉じた目は長いまつ毛に縁取られ、鼻がスッと通っている。ここの男子生徒の制服を纏っているが、ネクタイではなくリボンタイをしていたり、白手袋をしていたりするあたり、怪しい。

ひとつだけ言えるとするなら、彼がとても美しい容姿をしているというのは間違いないようだ。

周りはダンボールだらけでホコリくさいのに、この人が寝てる辺りだけ白く光り輝いているようにも見えた。

私はただ、すごい綺麗だと思った。その証拠に、しばらくそこから動けなかった。早くここから抜け出さなければいけないのに、それもすっかり忘れるほどに。


「オカルト研究部……って本当に、ここが?」


不気味な場所に放り投げられてしまったような、人形みたいな容姿の男子生徒。ここの部員だろうか。でもこんな人……。


「そんなまさか」 

「そのまさかだな!」


すぐ隣から声が響き渡った。

え”、と喉から変な音を漏らす。


気がつけば、二つの青い光が私を見つめていた。

それは、たった今目覚めた「彼」の瞳だと気がついたときには、私の肩はがっちり捕まれ動かなかったのだ。

瞳は私をまっすぐ見つめる。


「お前、一年生だな?」

「そ、そうですけど……」

「名前は?」

「いやそっちから名乗ってください」

すると彼は一旦顔をそらしてから「ふむ、それもそうか……」と呟いた。

てか、この人、めちゃめちゃイケメンなのに独特な喋り方すぎない?

「俺は3年の髑髏ヶ城鏡夜。このオカルト研究部の部長だ!」

「ど、ドクロガ…? あっ、雨月悠です」

「いいぞいいぞ!今日からお前はオカルト研究部の部員だ!」


は?ドクロなんとかさん、この人今なんて?


「頼むぞオカルト研究部新部員!」


なんだか視界がくらくらする。

……これが情報過多ってやつ?


人生何があるかよく分からないというが、まさにそれが、今なのかもしれないと、私はその場に崩れ落ちた。

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