時をかけてすぐこける少女

ぽてゆき

時をかけてすぐこける少女

 長いようで短かった中学校生活もあとわずか。

 楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、色々あったなぁ……なんて感傷に浸りながら、私は夕暮れの町をゆっくりと歩いていた。

 お祖母ちゃんに入学祝いで買って貰った素敵な手帳。

 その一ページ目には、〈中学三年間で成し遂げたいリスト!〉が書いてある。

 実際に成し遂げた時、赤ペンでチェックマークを入れることにしてたんだけど、残念ながら赤いレ点は本当にごくわずか。

 認めるのは辛いけど、後悔の方が多い三年間だったんだな……って、改めて実感。

 特に、恋愛系項目の達成率なんてもう目も当てられない始末!

 それも全て、あの時の自分のせい。

 あれは、凄く暑かった二年生の夏。


「……ちょっと、学校終わったら公園に来てくれない?」


 同じ部活で一番仲の良かった男子から突然そんな風に言われて。

 なにそれどういうこと?

 ブランコで靴飛ばし選手権でもやりたくなったのかな?

 それとも、久し振りにすべり台を逆走したくなったのかな? 

 ……なんて考えつつ、頭の中は〝あの四文字”で一杯になりながら、学校終わってすぐ走って公園に行く私。


「あっ、良かった! 来てくれたんだ!」


 嬉しそうに手を振る彼。


「う、うん、ちょうど暇だったし」


 とか無駄にドライな対応をする私。

 そして、何とも言えない無言の時間が流れた後……。


「す、す、好きです! 一緒に部活頑張ってて、色々喋ったりしてて、凄く気が合うっていうか、誰と居る時よりも最高に楽しいっていうか……あー、こんなんじゃなくてもっとシンプルに伝えるつもりだったんだけど……と、とにかく大好きになっちゃいました! 僕と、付き合ってください!!」


 彼は、私に向かって震える手を差し出した。

 えっ? これって……あ、アレだよね? 

 っていうか、こういう時って手を出してくるものなの⁇ 

 なんか、テレビとかでは見たことあるような気がするけど……って、そんなのどうでも良い! 

 彼の言葉は質問で終わってるってことは、私が何か言わなきゃだめってことだよね?  えっ、ど、どうしよう……。

 すぐとか絶対無理だよ……。

 三日三晩考えさせてよ……。

 なんでこんなに……なんでこんな死にそうなぐらい胸がドキドキしちゃってるの……と、焦りまくった私の口から飛び出した言葉。


「えー、びっくりした~。もう、やだな~。ドッキリでしょ? ほら、あの木の影あたりから誰かがスマホのカメラでこの様子を──」

「……そっか。うん、分かった。ごめんねびっくりさせちゃって」

 そう言いながら彼はクルッと背中を向けて、逃げるように公園から飛び出して行った。

「えっ? うそっ、違うよ……今のは冗談で、本当は凄く……」


 嬉しかったのに。

 彼のこと、私もずっと大好きで、人生で初めてされた告白は最高の思い出になるはずだったのに……。

 結局、それから学校で会っても自然に話すことができなくなっちゃって、部活も中途半端に終わることになっちゃった。

 こんなこと思っちゃいけないんだろうけど、もしも時間が巻き戻って、あの時、あの公園に戻れるなら、迷わずこう返事する。


「私も、ずっとあなたの事が──」


 と、その時。

 突然、夕焼けのオレンジがキラキラ明るく輝きだして、目の前が真っ白になった。

 ──フォッフォッフォ。そんなに過去に戻りたいのかえ?


「……えっ? だ、誰? っていうか、いまどんな状況??」


 光が眩しすぎて、周りの景色がぼんやりと霞んで見えない。


 ──フォッフォッフォ。ワシは時を司る神。時間を止めて、迷える女子中学生に語りかけてる状況じゃ。


「……やばっ。私、あまりにも後悔しすぎてメンタルやっちゃったんだ」


 ──フォッフォッフォ。安心せい。メンタルはやっとらん。神が言うんだから本当じゃ。


「……うん。分かった、信じる」


 ──ほう、珍しいのう。普通はここでしばらく、信じろ信じない、信じろ信じられない、なんてやり取りをしなきゃいけないところなんじゃが。


「うん。だって、時を司ってるんでしょ? ってことは、素直に信じとけば何か良いことありそうな予感プンプンだもん」


 ──フォッフォッフォ! 賢い考え方じゃの! と言うか、その素直さがあの時あればこんなことには……。


「えっ? なんでそれ知ってるの? 恥ずかし‼」


 ──フォッフォッフォ。それぐらい朝飯前じゃ。そんでもって、人間の女子を過去に戻すことだって夕飯前じゃ。


「……来た! それそれ! お願いしまーす!」


 ──うーむ、あまりにもノリが軽すぎてやりがいが……。


「違うよ! 本当は凄く怖いから……。だって、もしあの時に戻っても、私自身が頑張らないと未来を変えることはできないんだよね? そんなのもう死ぬほどドキドキだよ……だから、なるべくサラッとやって貰って、ササッとこなそうって思ってるの!」


 ──フォッフォッフォ、そうかそうか。分かった。お主の気持ちの強さは存分に伝わったぞい。それじゃ、これから過去に飛ばしてしんぜよう。


「う、うん。よろしくお願いします……!」


 ──了解じゃ。ただし、ワシの過去飛ばしはよくあるパターンとはひと味違うぞよ。黙ってじっとしてるだけじゃ時計の針はピクリとも動きはせん。まずワシが「過去に戻れ!」と叫ぶ。お主の体はタイムワープゾーンに飛ぶ。そこで、お主がすべきことは……全力疾走! 走る走る! とにかく走る! その先に、あの日の公園が待っておる。


「あっ、ちょっとめんどくさそ──」


 ──ん?


「た、楽しそう! っていうか、走るの好き! なんてったって、陸上部だもん!」


 ──フォッフォッフォ! それなら安心じゃな。


「うん! だから神様、よろしくお願いします」


 ──フォッフォッフォ! では行くぞ! お主の体……過去に戻れ!!

 神様が叫んだ瞬間、まばゆい光の向こうにぼんやりと見えていた町並みがスッと消え、見渡す限り眩しい白……違う。

 ずっと前の方に、トンネルの入口みたいな黒い穴が見える。

 そう、きっとあの先に、私が一番戻りたい場所が待ってるんだ。

 二年生の夏、放課後の公園、震える手……。


「待ってて! 今すぐ行くから!」


 私は、履き慣れた革靴で思いきり走り出した……途端。

 ドテッ。

 地面は真っ白で何も無いのに、私は思いきり転んでしまった。

 こ、これってどうなっちゃうの……? 

 立ち上がって走り出せばまた……。

 ──フォッフォッフォ、残念。転んだらそこで終了。その場所だと、お主が遡れるのは……昨日じゃな。


「えっ⁉ き、昨日⁇ そ、そんなぁ……」


 ──フォッフォッフォ、そういう決まりじゃ! ってことで、昨日に行ってやり直してくるぞよ!


「えーん、ひどい~。っていうか、もっとちゃんと部活頑張っとけば良かったよぉ~。えーん、昨日に戻ったって何も……あっ、そうだ!」


 私は思い出した。

 昨日、駅前の人気スイーツ店でやってた超激安タイムセールに行きそびれていたことを。

 私は、あの日の後悔を振り払うように、全力で走り出した。

 涙と汗の違いが分からなくなるほど、走って走って走り抜いた。


〈了〉

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