東京シンデレラ

欠け月

第1話 東京シンデレラ

 駅に着き改札を出て、階段を下りると、途中見慣れぬ形をした物が、落ちているのに気づいた。

キラキラと光る、人造石で覆われた手の中に納まる程の、ほっそりとした棒状の物だ。

生来の好奇心の強さから、思わず拾い上げ、ほんの数秒注意深く眺めていたが、元の場所に戻そうとした瞬間

「すいません。」と声をかけられた。 声の主に目をやると、そこに立っていたのは目も覚めるような美しい人だった。

「それ。」と指差したのは、手の中にあった模造ダイヤが光る小さな棒だ。

「あ、これ。」と驚いてしどろもどろになっていたら、美しい人はにっこり微笑んで、

「私のなんです。返していただけます?」

緩やかなウエイブがかった、ゴージャスな髪を、ふわりと揺らし、小首を傾げた。

眩暈にも似た陶酔は時の流れを緩やかにし、ほんの小さな瞬きにさえ、長く豊かなまつ毛が、ふるふると揺れて、つい見とれてしまう。


 やっと我に返ったのは、あまり馴染みのない魅惑的なパルファンと、目の前に差し出された、シャンパンゴールドのマニュキュアが、目を引いたからだ。


「あの、拾ったついでと言っては失礼ですが、これはいったい何なんですか?」

小さく肩をすくめ、少し困ったように、その人は笑い足元を指差した。

「靴のヒールなんです。取り外しが出来て、数種類のデザインで組み合わせが楽しめるんです。そして、これがその片割れ。」

そう言いながら、コートのポケットから同じ形の人口石を散りばめた、細い小さな棒、つまり靴のヒールを取り出して見せた。

同じ物が、互いの手の中で輝き、呼び合っているようだった。

「ああ、なるほど。そんな素敵なデザインの靴があるんですね。さあ、どうぞ。」

「ありがとうございます。」と言って、その美しい人は、雑踏に消えていった。


 なるほどね。独り言ちて、パズルのピースが、ぴたりとはまったような感覚に、満足と興奮が後から急ぎ足でやってきた。


 あの時、現場に残されていたのは、ラストノートのベルガモットと微かなラブダナム。

さっきまで、目の前に立っていた、ひどく美しい神の創造物が、残していったのは、シプレタイプのミドルノート。

ベルガモットをベースにジャスミン、ラブダナム、そしてオークモス。

しかも、この香料は、パリのアトリエアローム&パルファンで使っている、調香用の教材。手に入れられる人間はさほど多くはない。

加えて、180センチの私の身長より更に、数センチ高い美貌のトランスジェンダーとなれば、随分とターゲットも絞られるはず。


 今回の事件は、物的証拠が極めて少ないため、調香師である私が、協力要請を受けたわけだが、残された微かな香りの手掛かりは、思わぬ偶然で、私の前に現れた。


 そして、もう一つの疑問点だった、殺害された被害者の、頸動脈損傷における失血死。

首を一突きした、鋭い棒状の傷跡。 実に興味深い共通点だ。


 のちに、取り外し可能なヒールは、ターニャ・ヒースのもので、本店のみでの販売と分かるが、その話はまた、後程。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る