ブレーキがきかない!

みこ

ブレーキがきかない!

「ふるるる~ん♪」

 作詞私、作曲私の歌を歌いながら、散歩がてら、自転車を漕いでいた。今、ちょうどサビ終わりの盛り上がりの部分だ。

「ぅやんっ」

 前のカゴの中で、相棒のチャッピーが元気よく吠える。チャッピーは小さな茶色いトイプードル。犬が一緒の散歩なのに、歩かないとは何事だって感じだけど、少し遠くに穴場のドッグランがあって、チャッピーはそこがお気に入りなのだ。

 丘の上にある公園の一画なのだけど、遊具が少ない公園だからか、少し町の中心から離れているからか、人は少なめ。でも人がいないこともなくて、居心地がいいのだ。自販機の品揃えもいい。

 空は真っ青でとてもいい天気。まだ春先だというのに少し暑いくらいだ。

 ざーっと坂をくだっていく。

 両側には小さな林があり、木漏れ日がサワサワと揺れる。

 そろそろ車道、といったところでギュッとブレーキを握ったところ、カスッとした感触だけが手に残った。


 ……え?


 ……力が、足りなかったのかな。

 そうだ。そうだよ。だってスピードが落ちないじゃん。これってつまり、このスピードを止めるだけの力が足りなかったんだよ。

 そう思い、もう一度ぐっとブレーキを握った。

 スピードが落ちる気配もなく、両側の林がビュンビュンと通り過ぎる。

 いやいや、待って待って待って。こういう時は落ち着くべき。

 そう、もしかしたら私は、今の一瞬寝てしまって、ブレーキをかけるという夢を見たということだったのかも。実際にブレーキをかけていなかったんだから、止まらないのも当たり前だ。

 そう思い、再度ブレーキを握った。

 長い坂道の途中、スピードは相変わらず落ちることもなくて、林が飛び退る。チャッピーがやんやんと吠える。

 ブアッブアーというクラクションとともに、2トントラックが脇を通り過ぎる。

 私は半泣きの状態で、ブレーキを何度も握った。

 もう、疑う余地もない。

 私の愛車のブレーキは、すっかり壊れてしまっているのだ。それも、両方とも。

 こんなことってある!?

 昨日だって普通に走ってたじゃない!というかついさっきまで普通に走ってたじゃない!

 残念ながらお買い得価格で買ったママチャリには、速度計はつけていない。つけていないけれど、体感でわかる。これは……ママチャリにはあるまじき、だいたい時速37Km。もしかしたら40km!!

「あがががががががが」

 やだやだ神様神様仏様どこかの大天使様!

 ぶおおおおおおおと風が通り過ぎる。

 チャッピーも声が出せず震えているようだ。まゆげがハの字になっている。

 昔見た映画を思い出した。バスに爆弾が仕掛けられて、止めることができなくなるのだ。きっと私も、どこかでジャンプしてここから飛び出さないといけないのかもしれない。

 目の前には歩道が現れ、大きな街道になる。脇は店が連なる。

 大きなトラックだって通る道。ちょっとつまずいただけでも大惨事だ。

 歩道を避けて、車道を走る。

 いくつかの車が脇を通り過ぎる。歩道を歩く人も心なしかびっくりした顔をしていた。

 ああ、見える見える。車道を走ってつまずいてでっかいダンプカーの前に飛び出してしまうかわいいママチャリの姿が……!ふわっと浮いてダンプカーの前に飛び出してしまう私の姿が……!

 もし死んだら転生とかしちゃうのかしら。それとも、時間を跳躍するのかしら。

 ああ!私はまだ不幸な事故に遭った美少女ってことで済むかもしれないけど、チャッピーは!!チャッピーだけは助けてくれええええええ。

 もう半泣きで、鼻水まで垂らして何もできないまま、必死にハンドルに掴まった。

 ありがたいことに、このまままっすぐ進めば目的の公園がある。公園ということは木があったり茂みになっていたりするのだ。

 アニメとかでよくある、茂みに突っ込んで無傷……みたいなことは可能なのかな。

 頭の中が急速回転するのを感じる。死にたくないという気持ちからだろうか。私の隠された能力が覚醒したのだろうか。

 茂みにうまく突っ込む方法を考えながら、ハンドルをしっかりと握り直した。頭を低くする。幸いなことに大きな街道は脱して、もうすぐ公園といったところだ。けれど、もうそこには車道らしい車道はなく、舗装もされていない。土剥き出しの道路には、そこここに石が……!つまずきそうな石が……!

「いいいいいいいいいいいいやああああああああああああああ」

 ああ、でも、どうにかしてチャッピーだけでも守…………!!!!


 !!!!!!


 それは、公園の門にたどり着くかつかないか、というところだった。

 自転車のスピードはいつの間にかゆっくりになっていて、足を着かないと倒れそうになっていた。

 当たり前のように、右足を、地面につける。

「…………」

 前のカゴを見ると、チャッピーが公園の先を見つめ、嬉しそうに尻尾を振っている。

「え?」

 周りを見る。

 そうか……。公園は丘の上にあるから。公園の入口になっているこのあたりは、もう登り坂なんだ……。

「なんてことなのおおおおおおお」

 とりあえず垂らした鼻水を拭くけれど、なんだかもう泣きそうだ。

 自転車を投げ出して、地面に座り込むと、チャッピーと抱き合って喜んだ。もしかしたらチャッピーの方は、早くドッグランに行こうよって気持ちだったのかもしれないけど。

「はあ」とひとつため息をついて立ち上がる。


「それじゃあ遊びに行きますか!」

「ぅやんっ」

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ブレーキがきかない! みこ @mikoto_chan

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