須賀煌の日常

nekotatu

走る

須賀煌すがこうは走っていた。


「これは、冗談じゃないっすわ」


なぜなら、大量の動く犬の屍……ゾンビ犬に追われていたからだ。

ゾンビと言っても動きは俊敏で、むしろ生きている犬より早く走るだろう。


「あー、こちら須賀。やっかいな能力持ちに見つかっちまったっすから応援お願いしまーす」


須賀はダメ元で仲間を呼ぶことを試みるが、トランシーバーから返ってきた返答は無情だった。


「応援だけ送りまーす。頑張ってくださーい」


「それはどうもアリガトウゴザイマス」


実際、戦えば十中八九須賀が勝つだろう。

能力の相性も抜群であり、仲間の誰よりも須賀が対処することが適任である。

しかし、須賀には戦いたくない事情があった。


「こんなのと戦ってたら、手も服も見るに耐えないことになるじゃないすか……チッ」


細胞を維持することができず腐り落ちそうな身体は、脆く壊しやすいだろう。

しかし須賀の能力では遠距離攻撃はできない。直接殴るなんてしたら肉片がへばりつく結果になるのは見えている。


「あーあ、僕も遠距離タイプの能力であれば……って、考えてみると性に合わないっすわ」


須賀は昨日の平和な一日を思い出した。


「こんなときに思い出すことじゃないっすけど、佐都さんの言ってた『ギターの音から発せられる振動で敵を倒す超能力』って、無駄な制限を除けばけっこう羨ましい能力っすね」


佐都、佐都春馬さとはるまは須賀の友人の一人であり、知り合いの中で数少ない一般人だ。

佐都は作家で、次回作を超能力ものにしようと無邪気な目で言っていたのを思い出す。


「超能力は実在する……って証明して見せたら、どんな反応するか」


考えてみたら楽しい気がするが、そんな未来を実現させる気は毛頭無いので目の前の犬に意識を向ける。


「こういう時は周囲の観察。状況の確認と利用できるもののサーチ」


ここは崩れかけの大きい廃工場で、仲間3人と突撃したものの、全員バラバラ。壁は脆そうで、衝撃を与えれば容易に崩れるだろう。今いる空間はそこそこの広さがあり、油やネジがそこらじゅうに散らばっている。

そして鉄骨。


「これは使えるか……」


須賀はかつて工場の一部であっただろう重そうな鉄骨を難なく持ち上げると、そのままゾンビ犬の群れを薙ぎ払った。

鉄骨が激突したゾンビ犬の群れはまとめて工場の壁まで吹っ飛び、ボロボロだった壁に止めを指した。


「思ったより効果バツグンっすね。綺麗に掃除できたじゃないっすか」


埋もれたゾンビ犬はそれでもなお動こうともがくものの、崩れた壁が重くのし掛かるため身動きできない。

須賀は脅威でなくなったゾンビ犬から目を離し、少し離れたところにいるその主へ視線を向けた。


「それで、次は何を出すつもりっすかね」


「!!……役立たずどもめ。どうして俺の力はこんな……」


今回の任務は禁忌と指定されたアーティファクトの回収であり、能力者の排除ではない。むしろ見つからない方がよかったのだが、ゾンビ犬が腐っても犬だったため、嗅覚によって見つかり、追いかけられていたのだ。


「くそっ、ちょっと使いやすい能力だからって調子に乗んなよ!こっちには取って置きのアーティファクトがあるんだからな!」


「へぇ……ぜひ見せてもらいたいもんですが」


「聞いて恐れおののけ。そのアーティファクトは能力を強化させるんだ。例えば俺が使うと……こんな風になぁ!」


目の前の能力者が腕を広げると、近くに待機していたのか、人型のゾンビが工場のあちこちから姿を現した。

……いや、これはゾンビではない。

生きている人間だ。

しかしゾンビのように愚鈍、かと思えばすごい早さで腕を振り下ろしてみるなど、身体のことを考えない無茶苦茶な動きには、人間としての意思を感じない。

それでも肉は新しく、命の鼓動は続いている。

須賀も生きている人間をゾンビにするのは避けたいため、苦虫をかみつぶしたような顔で対応策を考える。


「大体能力はわかったっすね。そして、必ずしも戦う必要はない」


恐らく本来の能力は死体に霊体を宿らせるネクロマンサーのようなものだろう。

それがアーティファクトによって強化され、死体だけじゃなく生きているものにも宿らせられるようになった。

つまり、能力者を倒せば霊体は解放され、死体は死体に戻り、生者には意志が戻ると仮定してもよいだろう。

また、このアーティファクトは恐らく霊体を宿らせる段階で使えば良いのであり、現在目の前の能力者がアーティファクトを所持している可能性は低い。


「僕らの目的はアーティファクトの回収であり、能力者の排除、生者の解放じゃない。申し訳ないんすけど、僕らは正義じゃねぇんですわ。三十六計逃げるに如かずっすね」


この能力者がアーティファクトを持たないのならば、これ以上時間をかけるのは無駄だ。

須賀は冷静に、慣れた手順で感情を奥底に押し込み、逃走ルートの割り出しを始めた。


そして、風向きが変わった。


「よぉ、大変なことになってるじゃねぇの」


「……風民さん。いや、リーダー」


「そうだそうだ、任務中だからリーダーな。それより、煌。俺は能力者を倒せば良いんだな?」


「そうっすね。あいつの周りにいるのは生きてる奴なんで、的確に、能力者だけ排除してください」


須賀は一度描いた逃走経路を全て捨てた。

なぜなら、風民、風民蓮司かざたみれんじさえいれば逃げる必要はないからだ。

そしてなにより、風民がここにいるということは、アーティファクトを入手することに成功したと同義である。


「はっ突然どんな奴が現れたかと思えば!ひょろっちい男一人じゃねぇか!」


「能力者は見た目じゃわからないもんだぜ?」


風民は能力者と正面から対峙する。

その周囲には操られている生者が壁を作るように集まっているが、風民の目には能力者しか映らない。


「精神干渉系の能力者か?だとしたら今能力を使ったところで弱った隙にこいつらに襲わせるぜ?」


「いいや、俺の能力はもっと物理的なものだ。といっても、須賀の能力ほど物理でもないが」


能力者は敵に囲まれても余裕な態度を崩さない風民に気圧され、後ずさりした。


「じゃあこいつでどうだ?殺せるもんならやってみろよ!」


能力者は後ろにいた生者を掴むと、前に掲げた。

その生者はまだ年端もいかない少女であり、下校中に拉致されたのだろう、制服を纏っていた。

もしこれで対峙しているのが須賀であったなら、少女の命もろとも能力者を吹き飛ばすか、やはり能力者から逃げ出すしかなかっただろう。

しかし風民は。


「」


一瞬の突風によって、能力者の末路は決まっていた。

ごとり。そして、どさり。

離れたところに立っていた須賀は、足元まで転がってきた能力者の頭を身体の方に蹴り飛ばすと、トランシーバーで仲間に任務完了を伝え、合流するよう指示している風民のもとへ歩いていった。


「さすがリーダー。その腰の袋が目的のアーティファクトっすか?」


「ああ。ちゃんと本物なのも確認済みだ。撤収するぞ、煌」


「うぃ」


ふと、先程の少女を見ると。


「げっまだ動いてる」


どうやら霊体というのは主がいなくなれば即座にしゅるんと抜ける都合の良いものではなかったらしい。

恐らく、これも恐らくなのだが解放自体はされているはずなので、じきに生者も身体を取り戻すことができるだろう。


「しっかし、これは……」


「今度こそ、三十六計逃げるに如かず……っすね」


須賀と風民は生者の群れからくるりと背を向けると、工場の出口に向かって走り出した。


「ってか、ここ工場の最奥じゃん。しかも迷路みたいな作りしてるし。煌、出口わかる?」


「ちょっとわかんねっす」


「せ……ぱー……」


「ん?煌、何か言ったか?」


「せん……ーい!」


「いえ、これは俺の声じゃなく、厄介事を持ってきた後輩の声ですよ」


「せんぱーい!なんかゾンビみたいなひと、でも生きてるひとたちに追いかけられてますー!たすけてー!」


須賀と風民は肩をすくめると、逃走ルートを後輩のいる方向に修正し、後輩、原美乃利はらみのりを回収した。

足を止めないまま3人で走り続ける。


「あー、リーダーと先輩と合流できてよかったですー!」


「みのりんも無事でよかったよ。ところで、出口どこかわかる?」


「わかりません!」


「あーあ、迷子が増えましたね」


「笹ちゃんならわかると思いますよ!」


笹ちゃん、笹崎蛍ささざきほたるは今回の任務の後方支援担当であり、工場の入り口辺りに潜みつつ連絡係をしてもらっていた。


「それが、笹ちゃんに連絡つかなくてさ」


「はい?緊急事態っすかね」


後方支援とはいえ、敷地内にいるため敵と遭遇することもあるだろう。特に今は霊体に憑かれた生者がさ迷っている状況だ。


「無事だといいな……」


「笹崎さんなら大丈夫っすよ。ほら、前から人影が……」


笹崎を心配する優しい後輩だが、ちょうど前から笹崎らしき人影と……生者の群れがやってきた。


「皆さーん。笹ちゃんが迎えに来ましたよー」


「やっべぇぇぇぇ!」



その後、僕らは笹崎さんの案内で無事脱出した。脱出してなかったら物語はここで終わり……いや、終わらないっすね。


「風民さん、次の任務はいつになります?」


「もう次か?この間は大変だっただろ?」


「もうあんなのはこりごりっすけど」


それでも僕は戦いをやめるつもりはない。


「これが僕の日常なんで」

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