第49話 壁越しの恋

 壁の向こうで、すけて見えた裸の少女。爆走する俺を脚力マッハのステフが追い越した。さすが、獣人。早すぎ! でも、そういうところがかっこよくて好き。


 でも、ステフだめだぞ。これから、新たな恋愛出会いがはじまるんだ。お前のことも好きだけども。


「待ってよ。もー。温泉見つけた?」


「いや」


 俺は口ごもる。温泉は女を美しく魅せる舞台装置だ。女そのものの神秘にはかなわない――。


「クランさん。顔も耳も……真っ赤ですよ。確かにここ暑すぎますよね。温泉が近いのかもしれませんね」


「そうだな。これからもっと熱くなるな」


「キャ!」


 ま、まさか、裸の少女の悲鳴? 急げ俺!


 壁が分厚さを増して透視できなくなった。慌てて彼女の見える位置まで戻る。あ、裸のまま石ころに足をつまずいたみたいだ。痛かったのか膝を抱えるようなそぶり。


「うはっ! たまんないな」


 あぶねー、かわいい丸っこいお尻が見えそうだったぞ。見せてくれてもいいんだぞ。腰まで見えてるんだから、もう見せていいだろうが。


 ああ、壁を透視できても、顔を岩肌にすりつけるとすり傷ができる。


 でも、ごりごり行きます。鼻がもげたとしても顔からつっこみます。額からちょっと血が出たっぽいけど、俺の目がえぐれるまでは透視させていただきます。


 金髪のツインテール。色素を感じられないほどの白い肌。ステフよりも低い身長。まるっこい肩から、すらっと伸びる腕。足をさすっているのか、指先まではよく見えないな。


 岩、ほんと邪魔。それから、すくっと立ち上がって注意深く周囲を見まわす。はっきりと少女の顔が見てとれた。


 小顔。つり上がった眉。強い意思の灯る大きな瞳。今絶対に痛がっていたはずなのに、唇を結んで、しれっと、なにごともなかったかのような顔をしている。これはまさに! 


「きっすいのツンデレ女だあああああああああ! お、俺の、俺のタイプウウウウウウウウウウウウウウ!」


 もう、また腕で胸隠してるじゃん。モンスターも人もいないんだから、堂々と歩けばいいのに。


 でも、その恥じらってる姿もいいもんだなぁ。この少女のみぐるみをはいだ男は死刑だな。


 いや……ナイスゥゥゥゥゥゥ! 


 俺だって、できるもんなら勇気を出してやりたかったぁあぁぁぁあぁ。俺の彼女に手を出したという意味では死刑だな。


 ああ、この胸騒ぎと手のしびれと、汗ばんできた俺の首筋。


 これは、ステータス依存の禁断症状か? 彼女のステータスを見たい欲望にかられる。


 まだ彼女とあいさつも交わしていないというのに。俺は名前も知らぬ少女の個人情報を盗み見しようというのか? 


 ああ、罪深いことだぞ! 裸の少女のこれ以上なにを! 俺は望んでいるというのか!


「はぁ」


「クランさん、お疲れですか? どうしたんです?」


 この距離、壁さえなければ、お互いの存在を確かめ合うことができるのに! 


 そう、壁とステータス。俺は罪深い男だ。指がわなわなしてきた。ステータス画面で、俺は一方的にお前のことを知り合いにすることができる。


 俺はお前の知り合いになりたい。


「クラン? ねぇ、温泉はいいの? 早く探さないと。この階層って魔王がいるかもしれないんだよね」


「魔王なんか知るかよ」


 ステータス画面を見るのは忍びない。彼女には悪いことをする。遠慮してたけど、やっぱり遠慮せずに見ちゃいます。


 いやらしい手つきでステータス画面を回収しますよん。だけど、俺の指より早く、彼女の視線が上目づかいに動く。


「え?」自分の声がふぬけて聞こえた。




 裸の少女は壁をはさんで、お互いに見えないはずの俺のいやらしい視線に、気づいたんだあああああああああ!


 なんて美しいボディ! 絶世の美女! は! いかんいかん。目が点になっていた。文字通り。


 胸を腕で抱えているけれど、ゆっくり外していく。


 いいの? そんなサービスシーンしてくれるの? 


 だ、だめだ! だめだぞ! 


 目、目が、目がやられる。


 ここは健全な全年齢対象ダンジョンなんだからああああああああああああ! 


 でも――俺は好き♪


「あはは。ははははは。天国くぅぅぅぅぅぅ」


 見えるものはすべて、見させてもらいますかあ。大きい。よいよい。よきにはからえ。よいぞ。大きい。リンゴ? スイカ? もうどんな果物でもかなわないよな!


 壁越しの恋愛。もう、手に入らないものってじれったい。でも、スケベ心丸出しでも、心までは読めないだろ?

 

 俺が壁に求愛して、ごつごつした岩をなで回しているのを、ステフとコウタが気味悪がっている。


「なに、ど、どうしたのクラン! 私がほっぺなめて、治してあげようか? 具合悪いの?」


「はぁ……はぁ……ここ、温かぁい」


 俺の呼吸が乱れているので、コウタが心配する。


「発作ですか? ク、クランさん。ついに女だけでなく、壁にまで恋してるんですか。ああ、見てはいけないものを見てしまいました俺。救急車を呼んでも治らない病に、クランさんはかかってしまったんですね……吐いていいです?」


 そろそろと、手を伸ばしてくる少女。ああ、そこは俺の胸板な。壁越しで分かる? 


 ちょっと俺もドキドキしてくるな。さらに壁に吸いつくように寄りそう。


 そうそう。そこ! 


 ち、違うって! もっと、左。あ、君から見たら右になるな。そこが俺の心臓。


 ねえ、壁越しでもほんとに分かる? 


 俺の鼓動感じる? 


 もう壁邪魔だ。どうして、お前は俺の好みの金髪ツインテールなのよ? 理由を教えてくれよぉ。


 お前は最高にバストはドキュン、ウエストはキュン、ヒップはバゴンだっての。


 俺の方はどう? 黒髪どう? 好みかな? ワックスつけてくればよかった。


 そ、そこは俺の鎖骨さこつ。指でなぞってくれるの? うわ、は、早まるなよ。待て。待ってくれえ。今ローブ脱ぐから。あ、弓のホルスターひっかかって、上手く脱げないわ。


 ちょっと、服ずらすから。ほらよく見ろ、俺の鎖骨―。ここ、ここ。


 もっと、胸はだけるわ。え、うなずいてくれてる。もしかしてドストライク? 俺もーーー。


「ど、どうしようコウタくん。クランが壁に求愛してるよぉ。私、そんなにクランのこと無視していたのかな? 私なんか悪いことしてたのかな?」


「だ、大丈夫ですよステフさん。きっと、クランさんの変態レベルは、俺たち常人には理解できないレベルにまで覚醒しているんですよ。ステータス画面には、変態レベルは表示できないんでしょうね。クランさんならすでに、表示機能を削除してしまってそうです」




 では、心より、愛をこめて。


「【強制ステータスオープン】【ステータスカード回収】。いただきます!」


 スィン。ヒュン。




【名 前】 でもまあいっかぁめんどくさい

【種 族】 魔王

【性 別】 男




 え、うそやめて。




 そんな。マジかよ。うそだって言ってよ。言えよ。


 俺は、今こいつと。愛を。


 これから、キスして、なめあって、よだれまみれにして、抱きしめてベッドインまで流れるように運ぶつもりなのに!


「男とか、マジでかんべんしてくれえええええええええええええ!」 


 言葉につまる。俺は倒れてしまいそうだ。脳天に大木が突き刺さったかのような痛み。


 死にたい! 死にたい! いっそ、この壁に頭うちつけて死にたい! 




 はっ! ミミネに言われたことを思い出した。


『風呂場で滑って転んで頭打って、目から、耳から、鼻から血出して出血多量で死ねや、ごらぁ?』


 そんな死に様は嫌だあああああ!


 まさか、ミミネは予言していたとでもいうのか? 俺が失恋することを?


 あの金髪ツインテの裸体が偽物だなんて!!!


「クランさん。ほんとに病院行きますか? っていうか異世界の病院の制度ってどうなってるのか、俺くわしく知らないんですけどね」

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